うーん、先生の立場上、解答が算数的に間違えてるものに「〇」をつけるのって無責任だと思うんですよね。
無責任というのはどのような観点で、どのような根拠があってそう言ってるの?
先生の役目は、おまえも認めている通り「勉強」での正答を教えることだけではなくて、もちろん道徳面でのものも考慮されるべきなんだよな?
だとするなら、>> 7で書いている通り、算数的な正答を指導することは何も否定していないのだから、それらの指導をきちんと行った上で「◯」をつけることは何ら問題がないのでは?
このテストで「〇」をあげてしまうと、これからのテストで「テストの解答は算数的に間違えてたとしても場合によれば〇を貰える」と考えて受験とかで痛い目に見るのではないかな、と。
この部分も、このような状況に陥ってしまうのなら、そもそもそれは算数的な正答を指導することがきちんと行えているとは言えないので、俺が考えているケースには合致しない。
きちんと指導をしてもそうなる、というのであれば、なぜ「◯」を与えてしまうと、きちんと指導していてもそうなるのかを説明してくれ。
〇をつけるっていう意見を持つ人は、先生の立場に立って考えた時に「この子はこの年齢にして道徳的思考に優れていてこの問題でも道徳的には花丸な解答を出した。褒めてあげたい」っていう気持ちなんだろうけど、さっきも言ったように 「×をあげた上で後で褒めてあげる」っていうことをすればいいと思うんですよ!
これも、ネガティブな方向に考えるのであれば、「×」をつけてしまうと、生徒の自信に傷をつける形になり得るとは考えられない?生徒の中では正答が頭の中にあったのに、道徳面を考慮して回答したら「×」をつけられた…。みたいな
つまり、「◯」をつけた上で指導した場合と、「×」をつけた上で指導した場合とでは、生徒の意識に差が生じてくるのではないのか、ということです。
飽くまで生徒の内心としては正答が浮かんでいた、という点に焦点を当てて考えた場合には、「◯」なのでは?