少年は理解したくなかった。自分は誰で、どんな生物で、とうに朽ちた存在意義を。
Colt_M1877
雑火屋
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目が覚めたら、教室が燃えていた。
教室の原型を残さず広がる火の海の中、何故か無事な俺の机周辺。
人はいない。恐らく避難したのだろう。誰も俺を起こしてくれなかったのだろうか。俺ってそんな憐れな人間だったっけ?平常心を維持しつつ考えるが、息は苦しいし滅茶苦茶熱いし、普通に死にそうだしでとてもパニクらずにはいられない。耐えられぬ熱さに耐えながらも、俺は校舎から出る事にした。
廊下に出る。
既にズボンは軽く焦げている。息が苦しい。呼吸の方も既に現界なので、走って急いで外に出る。だが、さすがにガラクタが散乱し至る所が燃えている場所で走るのは失策だったか、何かに引っかかって転んでしまった。急いで立て直す。何が引っかかったのかと後ろを一瞬見てみる。
炎が霞んで細かいところはよく見えなかったが、それは確かに人間の死体だった。
俺、南岸桂人は、特にこれといった特徴の無い高校に通うこれといった特徴の無い日本人の高校二年生である。
大して頭が良い訳でもなく運動神経も並程度で、好きなゲームはテトリス。見た目も平均程度。
信頼できる友達がいて、可愛い彼女がいて、優しい家族がいて。そこまで貧乏でもなく、特殊な環境でもない、かなり恵まれた人生を送っている。
故に、人間の死体なんてネット上でしか見た事がなく、例え見たとしても恐怖で即ブラウザバック。その死体が、火の中に横たわっていて、しかも自分の素肌に触れているという事実に、俺は恐怖に慄く事しか出来なかった。
恐怖のあまり後ろにジャンプをするが、そこは火の中。呼吸は熱くとても出来たものではない。肌が悲鳴をあげ、溶けるような感覚がする。身体は苦痛のあまり動かない。
今まで想像もした事がなかった熱さに、俺はどうする事もできず、死んだ。
空中に浮いている。
記憶はぼんやりとしている。
風は吹いているのに何も感じない。
つか、物に触っても感触がない。
原理はわからないがすり抜けている。
声は誰にも聞こえてない。
姿も誰にも見えてない様子。
まるでこの世の全てを俯瞰しているような、そんな感覚。
あらゆる創作で使い古された設定。
それはまさしく、
死んでいる、ということだった。
「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
「えええええええぇぇぇっ!?」
「え─────っ!?」
「えっ!?」
「ええええええええええええ!?」
驚きを表現したボイス。
「…………」
「えぇ……」
全てを諦めたボイス。
幽霊、幽霊か。死んだら霊になるってのは本当なんだなー。
周囲を見渡してみるに、此処は学校の上空らしい。まだ激しく燃えてるのを見るに俺が死んでからそう時間は経ってないのだろう。
近くには消防車が停まっていて、中に取り残された生徒を探したり何なりしているようだが絶望的だ。
その他学校以外に目を向けると、火事を眺めてる野次馬がいたり、避難してるっぽい生徒がいたりと。近隣住民は慌てふためいている。しかし、それ以外はいつもと変わらない街の風景……と思いきや、遠くの方に何か変な物体が浮いていることに気づいた。
形は円形。平面的な物体で、真横から見ればその姿は消える。黒色の輪の中に渦巻き模様のような何かがあり、そこに向かって幽霊が突っ込み、消えていく。奥行きがあるようだが、どこにもそんな空間はない。ワームホール的な何かだろうか。
俺の中学生の頃の想像力を駆使する限り、アレは死者を冥界へ連れて行くトンネルだろう。確証はないが。
まあものは試しだ。俺はトンネルに近づき、未知の異次元空間に向けて突進した。他の幽霊も一緒に入ってる様子。南岸、霊界へ行きまーす!と全力でトンネルに突っ込んだ瞬間!
俺の身体はトンネルをすり抜け、高速でトンネルから遠さがって行った。
「…………え?」
幽霊もそう悪くない。他人に反応されないのは寂しいが、女性のトイレや更衣室、温泉に侵入しても誰にも怒られないし嫌がられもしない。悲しきかな、男子高校生の思考など所詮その程度のものである。文句があるなら言ってみろ。
強く念じれば物に触れることもできるようで、ちょっと過激な悪戯もできちゃう。そんなことをする度胸はないが。
何度も繰り返しトンネルに突っ込んだが、やはりすり抜けるだけで中には入れなかった。他の幽霊は余裕で入れてるのに。
どう頑張っても無理なことは無理なのだと察した大人な俺は諦めて、街を散策してみたり、女湯を始めとした、生きていた頃は見れなかった場所に行ったりしたのだ。
ただ、やはり反応がないと退屈というか、あまり興奮しないのだ。「触ってみたい」という衝動と「いくら幽霊でもそんなことをしちゃ駄目だ」という自制心の葛藤に、悩まされながら路上を進んでいたところ、来るはずのない視線が見えた。
髪はボサボサで、服のセンスも意味不明な少し痩せた男が、明らかにこちらを見ている。その目は死んでいて、まるで目に映る全てに「死ね!」と言っているかのような感じだ。
不思議に思い睨んでいると、その男は周囲を見渡した後、俺に向かって言った。
「何やってんだ?そんなところで。トンネルは反対方向の筈だが……さてはリジェクテッドか。まあいいや、来い」
「リジェクテッド……?」
男が放ったよくわからない言葉を呟く。
「いいから来い」
男は嫌そうな声でそう言った。
リジェクテッド。拒絶された、とかいう意味だったと思う。なぜその言葉が此処で?
そんなことを考えながら男についていく。
少し歩くと、男は路地裏に入って、そこで止まった。
「で?てめえは誰だ。いや、名前はいい。お前が死んでから今に至るまでの出来事を全て話せ」
あまりの覇気に驚き、何故俺が死んだことがわかるのか等、そんなことなど考える事も出来ないで自分の身の出来事と、ついでに俺の名前を話した。女性トイレやら女湯やらの事を隠しつつ。
「なるほど、やっぱリジェクテッドか」
「あの、リジェクテッド?って何なんすか?」
また出てきたよくわからない言葉に、俺は質問をする。
「えーとだな……まあついてこい。説明してやるから」
と言って男は路地裏から出た。
しばらく歩くと、男はアパートの一室に入った。どうやら此処が男の家らしい。
所謂1K。玄関のすぐ近くにキッチンがあり、その先に6畳の和室。ちゃぶ台と座布団、テレビ、あとパソコンが置いてある。風呂とトイレは別。まあ別に不思議なところはない。だが一つ問題があった。
和室に男ではない、もう一人の人間がいる。セーラー服を着た女の子。中学生だろうか。クラスで一番と言わずとも、二番……とも言えず、三番目程度の可愛さだ。可愛いが高嶺の花ではなく、普通の男子でも狙っていける、そんなフラットでチープでスタビリティな……
と、そんな話はしていない。今はこの部屋のおかしい点について話している。
何故、こんな、普通に可愛い女の子があんな目の死んだ変な男の家にいるんだ────?
おかしい。狂っている。意味がわからない。んなわけねえだろ。あんな、一度話した、否、一目見ただけで「あぁ、こいつは駄目だな」と察せるような残念な男の家にJCが住んでいるのだ?何故だ?誘拐か?あり得る。俺は奴と出会って一時間も経っていないが、あり得ると思う。これは事案だ。事件だ。今すぐ警察に電話するべきか。まだ試してはいないが、強く念じれば声も出せるかもしれない。迷ってる暇はない。今すぐそうするべきだ。今、こうしている間も女の子は座布団に座ってお茶を飲んでいる。キョトンとした目で。まさか、この子には誘拐されてるという感覚がないのだろうか。何故?何故だ?意味がわからない。そんな事を考えてる暇はない。一刻も早く、警察へ電話するべき──
「落ち着け」
そんな俺の思考を、男が遮った。
「別にてめえが想像しているような関係じゃねえ。警察を呼ぶ前に、まず此処に座って話を聞け」
まあ、いきなり警察に伝えるより、まず犯人の弁を聞いておくのが一番かもしれない。道徳的にもその方がいいだろう。俺は押し入れから出された座布団に座り、犯人の話に耳を傾けてやることにした。
「……まだ何か勘違いしてるな」
男が呟いた。
「まずは自己紹介か。俺の名前は神寄観凪 。職業は大学生とか除霊師とか、そんな感じだ。ナイスツミーチュー。隣の女の子はゆいかちゃん」
「ちゃんを付けるな名前で呼ぶな」
男──神寄に反抗的な女の子、ゆいかちゃん。ここまで自分を誘拐している男に対して大きく出れるとは、やはり状況を理解できてないのか、それともそういう性格なのか。
何にせよ、犯罪を起こすような輩にそんな態度で出て無事で済むはずがない。しかし神寄は何もしない。まさか……マゾ?
「えーと、私の名前は琴園由嘉 。一年前くらいに死んだ中学二年生。別に、神寄とはあなたの考えてるような関係じゃないわ」
と、女の子──琴園は否定しているが、言わされてるだけという可能性もある。やはり話など無視して警察を呼ぶべきではないか。そうだ。こんな茶番に付き合ってる暇はない今はさっさと警察を呼んで──って、一年前に……死んだ?
「で、此処で本題だ」
神寄はカッコつけて言う。
「まず、お前、南岸が死んだ時。お前は幽霊になったな?そして遠くに円状の平面的な物体を見つけ、そこに行った」
頷く。
「それはお前の推測通り、冥界へのトンネルだ。本来なら、死んだ幽霊は本能的にトンネルを探し、トンネルに入って冥界へ行く。」
「だが、お前はそこを通る事が出来なかった。それはお前が冥界に拒否されたからだ。理由など無い。寿命以外の死に方で、千分の一未満の確率で起こる、ただの自然現象だ」
「そしてお前が冥界に拒否された瞬間、お前は幽霊ではなく、悪霊となる」
「? 幽霊と悪霊って、なんか違うのか?」
「ちょっと違う。悪霊は幽霊と違って、物に触ったり出来るし、しようと思えば実体化もできる。そして何より、悪霊は自らの力で超常現象を起こす事ができる」
「超常現象……?」
こいつは何を言っているんだ。俺がそんなこと出来るとでも?そもそも実体化すらできないし、ましてや、超常現象だなんて。
「超常現象って言っても大したものじゃない。よくマンガに出てくる特殊能力とか、そんな感じのものだ。なんで悪霊がそんなもんを持ってるかは知らんが、まあ多分冥界に入れなかったことへの詫びみたいなものだろう」
「これがまた皮肉なものでな。『自分の一番心に残っている記憶』が概念的な能力として現れるらしいのだが、実際は自分の死因にまつわるものが多い。まあ、死は強く記憶に残るだろうからなあ。俺には解らんが。お前が能力やら実体化やらを使えないのはまだ日数が経ってその体に慣れてないだけだ。使えてもいいことなんてほとんど無いがな」
「……で、その悪霊達のことを俺らは拒否られた者 と呼ぶ」
……よくわからん。
「えーと……簡単にまとめて?」
「冥界に拒否られた奴のことをリジェクテッドと呼ぶ。そいつらは魔法じみた能力を使える」