>> 12
はいはーい、初めまして
無神論者というか、宗教によって体系化された「お手本通りの神」を信じているわけではない・・・というだけであって、神(的な存在)そのものは「ある」と思ってますよ
と、いうか「神はいる(ある)」ということを絶対的な前提として強く強く仮定したうえで「だとしたら、自分にとっての神って一体どんなのだろう?」と考えれば誰しもが神を得られると思ってるし、そういう意味では無神論者ってのは神という単語にアレルギー起こしてるだけじゃないのかな、とさえ思ってたりします
というわけで、俺にとっての神とはどのようなものなのか・・・というのを言葉で定義づけるのはとても難しいけれど、少なくとも創造主でもなければ十字架に貼りつけられてもいない、白人でもないどころか人類ですらないかな
🔶信仰と科学について
目的論vs原因論という構図は、少し視点を変えれば信仰vs科学にもなるし、観念論vs唯物論になったりもします
例えば科学は、目に見える数値やデータ、根拠や証拠を重要視する客観的な学問で
それに対して宗教や信仰ってのは数値やデータとして可視化できず証拠のない内容であっても真実として扱う主観的なもの
一見するとこれ等は対極に位置する相容れないもののように思えるし、世間一般ではそのように捉えられている節も多々あったりするけれど、実際のところ、この両者間にはそれほど大きな垣根ってないのでは?と俺は思ってる
ロミオとジュリエットが愛し合ってた物的証拠はあるのだろうか?
あの話はフィクションだ~とかそういうのはさておき、2人が愛し合っていた証拠なんて無いし、科学的に証明することはできない
科学的に言えば「愛し合っていたかもしれないし、愛し合っていなかったかもしれない」という結論が真として扱われる
様々なエピソード(状況証拠)をもとにして「恐らくジュリエットは悲しみにより自死を選んだのだろう、そう仮定するならば、恐らく2人は愛し合っていたのだろう」という仮定的な結論くらいしか出せないだろう
では、三角形の内角の和が180度であることの物的証拠はあるのだろうか?
自然数に自然数を加算した解が自然数であることの物的証拠はあるのだろうか?
a=bであるときb=aであることの物的証拠はあるのだろうか?
そんなものは無い、三角形の内角の和を証明することはできないし、自然数+自然数の解が自然数になることも、a=bであるときb=aとなることも証明することはできない(できない...よな?)
科学的な学問は、その論理体系内における「公理」を無根拠に信仰しているだけなんだ
目に見える数値やデータを重要視する科学でさえ、ある種の信仰をもとにしなければ成り立たず「この仮定が真であるならば、こういう定理が立つ」という結論しか出せないんだ
それを踏まえると、もはや宗教的分析と科学的分析のあいだにそれほど大きな垣根なんかないのでは?と俺は思ってるし
「神はいる(ある)」を公理として信仰すれば神の存在を証明することもできちゃったりすると思ってます
🔶意識(主観)はなぜ存在するのか?
進化論者が言うように、物理法則に従い、無機物がくっついたり離れたりして複雑化してできた結果が我々人類なら、意識(主観)は進化のどのタイミングで発生したのか?
創造論者は、それは主が我々一人ひとりを愛し、魂を与えたからだ、といったような答えを持っています。
科学的に言うなら
- ある特定の物質が特定の物理運動を起こしたとき、特定の器官において生理的現象(意識)が発生する
- その現象が「現象そのもの」を認識するために必要な物理的条件(量や規模など)をxとしたとき、xが閾値を超えるものは意識を持ち、閾値を下回るものは意識を持たないことになる
みたいな感じでは?
で、創造論的に言うなら
- ・・・という法則が成り立つ世界を創造主が創造した
この文言が末尾に追加されるだけなのでは?
これは一種の[隙間の神]ってやつではあるけれど、未知の出来事を説明するために(とにかく安寧を得るための納得至上主義として)宗教が活躍し発展してきた・・・という宗教が本来持っている歴史的背景を踏まえれば、隙間の神の考え方にそれほど反感や違和感を覚えることもないはず
それと、アドバンテージって表現を使ってるけど、科学は神を否定しようとしているわけではないよ
優秀な科学者であればあるほど「科学とは単なる観察結果でしかなくて、絶対的なものではない」という科学的わきまえは備えている
科学が発展するにつれて神の不在をほのめかす状況証拠が1つまた1つと積み重ねられているように感じるかもしれないけれど、むしろ、科学が発展してDNAのようにより細かくより深い分野に足を踏み入れることで、この世界に存在している謎はより一層の神秘性を帯びてきていると思わないだろうか?
ちなみに、つい去年の出来事だけど[ダーヴィンの進化論はかなりアヤシイ]みたいな発表がされてたりするよ
アメリカとスイスの大学が共同でDNA調査したところ、現存する生物種のDNAは20万年くらい前にスッ・・・と出現していて、中間種にあたる存在は確認できなかったらしい
進化論的に言えば、ジュラ紀出身(1億5千年前)の始祖鳥が小型化したり羽が発達したり多様な変化を遂げたのち、適者生存で生き残りやすい機能(より速く飛べる、など)を備えたDNAがより多く子孫を残した結果として今の地球にいるハトになったりカラスになったりした・・・って感じなんだろうけど
phys.orgが報じた内容では「カラスになりつつある始祖鳥」みたいな中間種は確認できなかったらしくて
もしかして、俺たちが野菜やチワワや錦鯉を品種改良しているのと同じ感じで、20万年前に俺たちを種族として創造したヤツラがいたりするのか?みたいな説まで飛び交うようになって、学会規模で「とりあえず一旦無視しようぜ・・・」って流れになっちゃうほど大混乱寸前だったらしい