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日本改革宣言 / 106

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KANAME 2020/05/10 (日) 18:19:37 修正

「日本では最低限の安全と生活が保障されている」というのはまさに神話。
底辺校の生徒たちをご覧ください。
グレて、ひきこもり、自殺し、学校をリタイアする生徒たちの家庭環境がどのようなものであるか。
ヨーロッパの国々と比較すると、いかに日本が福祉の面で遅れているかがわかると思う。
天使が言うようにこの事態を個人の努力不足って問題で片付けるのは乱暴すぎじゃない?


なんでかって福祉と一言で書いてるけれども、これには広義において、国民の生存権や、幸福追及権も含まれているから、それらを国が担保しない、保障しないってなるなら、国民各自、選挙以前に生活が成り立たなくなると思うのね。

アリストテレスの『ニコマコス倫理学』で、「人生の最高目的は《幸福》であり、みなそれに向かって生きるはずだ」という考え方がある。
ラカンが「主人の倫理」(éthique du maître)と呼んでいるもの。

ラカンははっきりと「精神分析は、諸々の善のサービス(service des biens)では決してない」(Lacan, Séminaire VII)と言っている。
言い換えれば、不惑の、恒久的な快適さを当人が享受するための理論でも実践でもない。
むしろ、そういう立場をとる思想は「現世御利益宗教」(この教理で世界とあなた自身をみれば、あなたは幸せになりますよ)とか、サラリーマン向けの「処世術指南書」(「武田信玄の哲学に学ぶ!」なんてサブタイトルがついてる似たような類の量産されている本)に該当するものでしかないと。

結局、現代では勉強やスポーツを通じて得られる社会的地位も経済力も暴力の代替手段にすぎず、自己実現を果たすための道具なのである。

「自己実現」という考え方は、いわゆる「自分探し」と同じで、暗黙のうちに「理想自我」の探求に終始するだけで、自足的なことに終始してしまう。
いや、自分ひとりでそれをやっている限りはいいのだが、教育者がそれをすると、当の教育者にとっての「理想自我」あるいはそこへ近づくためにのみ有効な手段を、生徒たちに押し付けることになりかねない。

フランスでは、そういう宗教的なあまりにもおかしな心理療法家が出てくるので、心理療法家の資格を国家統一しようとして(アコワイエ法案)、精神分析家たちの猛反対を食らい国が法案を撤回した、という経緯があるらしいけど、日本ではまったく反対に、すでに指摘されてるような「搾取」が横行してるみたいだから、心の問題を取り扱う人たちの基準をもっと引き上げるべきじゃないかとは思うよ。
医学部医学科に入る人たちに課す基準は、世界でも有数なほど高いのに、心の問題を扱う人たちの基準があまりにも低すぎて、いいかげんなカウンセリング、いいかげんな「励まし」でダメになっていく子供は少なくないんじゃないかな。

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