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最弱王 / 45

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野良 2020/01/14 (火) 22:02:07 037c3@be086

>> 44
あめころ~!(あけおめことよろの意、発音はIKKO氏のギャグを参照)

まあまあ、数字が加算されるということは、それだけ歴史が積み重なり人類の英知が築かれるということで、おめでたい連中を許してやってください。

最近考えておりますのは、すべてが自動化された先、
人と人が対話することに何の意味があるのか?ということです。

「人と人が対話すること」は「すべて」に含まれていないという前提で考えてみます。

ありとあらゆる生産が人工知能によって自動化された世界。人と人は生産のために対話をする必要がなく、各自が部屋に閉じこもって体育座りしていれば生涯を全うすることができる。
そんな世界を想像しながら以下を述べます。

実は僕も以前から同じようなテーマが気になっていて、ネットサーフィン中にこんな記事を見つけました。

記事に登場する精神科医曰く、

よく指摘されるように、他者との関わりは人間の原始的な欲求で、会話や社会的関係はどうしても必要です。ゆえに人は隔離されると、どの国の人でも、うつや統合失調症などの精神症状が出てきます。

とのことです。
対話しなすぎるとヘラっちゃうってわけですね。
これを意味という形に読み替えるなら、人と人が対話することは「原始的な欲求を満たし、精神状態を健康に保つ」という意味がある、
ってとこでしょうか。

よく引き合いに出されるマズローの欲求階層説によると、帰属欲求や承認欲求は満たさなければフラストレーションを引き起こす「欠乏欲求」に分類されていますね。
欲求階層説に従えば、社会的に隔離され、欠乏欲求が満たされなさすぎるとフラストレーションで精神病んじゃうってとこでしょうね。

上記の記事ですが、イマイチ信用できなかったのでちょっと調べてみました。
無念にもどストライクな情報は得られませんでしたが、独居生活をしている高齢者に抑うつ患者が多いってのは真実みたいです(参考文献)。
まあ、現在の高齢者でそうだからといって一般化はできませんが・・・。(現在の高齢者はスマホ使わない、一人遊び知らない、とか様々な条件の偏りが考えられますからね)

これらの情報から、人と対話することは欠乏欲求を満たし、精神的健康を維持するという側面が強いのかな~と思ってます。
そうだとすれば、単純に「娯楽」で片づけられる話ではないと思います。
飽食の時代に生きる我々が、タピオカミルクティーの写真をインスタグラムに投稿した後、ちょっとだけ飲んで捨てるというのは「娯楽」だと思いますが、
喉が渇いたときに水分補給するのは欠乏欲求を満たす「健康維持」ですよね。
その行為をしなかった場合に実害が出るかどうか、という点で違いがあるかと思います。

遅ればせながら、お年賀として以下の画像をお贈りします。
人との対話がバンドルさんの希望となり、バンドルさんの心に初日の出が訪れることを切に願います。よいお年を。

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