の夏、河北省の有名な保養地である北戴河に共産党トップを経験した超大物といわれた長老はひとりも来なかった。それは当然である。
元国家主席の江沢民(ジアン・ズォーミン)は、2022年11月に96歳で死去し、前国家主席の胡錦濤(フー・ジンタオ、80)は、同10月の共産党大会の閉会式の場から、腕を支えられながら強制的に退場させられて以来、動静不明になっている。
折しも、中国経済は、「改革・開放」政策が本格化して以来、見たこともない未曽有の後退局面にある。恒大集団の苦境といった不動産不況が象徴的だ。若年層の失業率は、この夏から公表できないほどに悪化している。
中国軍は7月、明らかになった核・ミサイルを運用するロケット軍の司令官らの一斉失脚で混乱している。強硬な「戦狼(せんろう)外交」を主導してきた中国外務省でも大問題が起き、その余波が続いている。トップだった秦剛が理由不明のまま解任され、組織内に疑心暗鬼がなお広がっているのだ。
習は言外に「長老らが指摘した『混乱』は、過去三代による『負の遺産』のせいであり、ツケである。自らの責任ではない」と言いたかったのだ。この発言は、過去三代の共産党トップに抜てきされた長老らに対する形を変えた反論でもあった。
もう少し習発言の行間を読むなら「今も残る大問題を一つ一つ解決するのが、自分が登用してやったおまえたちの第一の仕事であり、責任でもある」という心の叫びが聞こえてくる。その叱咤激励には、強い怒りが含まれている。
習の不機嫌な様子を目の当たりにした側近らは震え上がった。なかでも、責任を感じたのは、共産党内序列2位である首相、李強だ。世界経済の足を引っ張りそうな大問題が次々と明らかになっている中国経済。それを仕切る司令塔、実務担当者は、李強その人なのだから。
中国経済が著しい不調に陥った原因のひとつは、対外関係の異常な悪化である。貿易が振るわず、対中投資も激減している。米国、欧州、日本など西側自由主義国家群との抜き差しならない不和は、中国の庶民の暮らしにも思った以上の打撃を与えた。
昨秋の党大会で、習によって完全引退に追い込まれた前首相の李克強(リー・クォーチャン)が、今年3月に首相から退任した後、初めて姿を現したのだ。しかも満面の笑みで。
5カ月ぶりに現れた場所は、中国北西部の甘粛省にある世界遺産、敦煌・莫高窟。突然の登場に興奮状態だった中国の女性観光客らは、黄色い声で声援を送った。「総理、総理〜。ニーハオ」と。
既に総理=首相は、今回、インドに習の代行で行く李強に交代している。だが、そんなことはお構いなしに甲高い声で「総理〜」と叫んでいる。その映像は、関係者らによって中国のSNSで広く流布されたものの、やはりすぐに削除された。
☆ネオコンは習を取り除いて李克強をヘッドに据えたいのだろう。☆