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「ただいまぁ」
 気の抜けたような通らない声が玄関に響く。
とは言っても、俺の声だが。
家の中からは声が帰ってこない。あぁ、きっと家族は出かけているんだろうなぁ。
濁った色の革靴を玄関に脱ぐ。揃えるのも面倒くさく、俺はネクタイを緩めながらまずは自室へと急ぐ。
 俺の名前は名馬 明日。読みはみいば あす。珍しい名前だな、なんて小さい頃はよく言われたもんだ。
ギシギシと階段が鳴る。暗い部屋。午後8時を差す時計の針が、僅かに街の光を反射している。
おもむろに机の上をまさぐると、四角いプラスチックが手にあたる。何年も使い古し、すっかり手に馴染んでいる3DS。
それを掴むと、俺はベッドに身を投げた。いつ洗ったかも覚えていない、固くなった布団が時折痛いが、とくには気にしていない。
俺はそのまま、手にした携帯ゲーム機を無心で開いた。で、青いブラウザボタンを押す。

エマ
作成: 2017/10/30 (月) 18:59:34
最終更新: 2018/02/04 (日) 15:25:36
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1
エマ 2017/10/30 (月) 19:00:28

真っ暗な部屋にほんの少しだけ、ブルーライトの光が漏れる。
俺の汚い部屋が、鏡に写って見えた。やめろ、やめろやめろ...気がついたら、鏡を割っていた。
部屋は見えなくなり、俺はまた安心してブラウザを見続ける。見ているのはMiiverseNEO。数年前にMiiverseの移転先ということで開設され、以前より人は減ったものの、幾度の更新もされある程度賑わっているサイトだ。
無機質な電子の画面を、ただひたすらに見続ける。特に興味のあるスレもたっていないが、更新し続ける。
しばらく見続けると、目が痛くなってきた。元々デスクワークをしていることもあり、人1倍目が疲れやすくなってしまったようだ。

・・・・・・・・・

腹が減ったな。夕飯はまだだろうか。
3DSの時計を見れば、もう10時じゃないか。何しているんだ、俺の妻は。
「おーい、イツキ。飯はまだか?」
...
無視かよ、と思った。酷いな。俺だけ飯を食わせない気か。
だが、そういえば家に誰も居なかったことを思い出した。なんだ、まだ出掛けてるのか?
仕方なく機種の古いスマホを開き、妻にメールをしようとする。
『何してるんだ、今日はライカと二人で外食か?なら先に言ってくれよ。』
と、送信ボタンを押した。

2
エマ 2017/10/30 (月) 19:01:00

『エラーが発生しました』
???
あれ、間違えたかな、と思い、メールアドレスを確認する。妻ので間違いない筈だ。
もう1度ボタンを押す。
『エラーが発生しました』
なんでだ?
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
『エラーが発生しました』
おかしいなぁ、電源を切っているのだろうか。
メールを削除し、電話をかける。電話は小さい頃から相変わらず嫌いだが、今回ばかりは仕方がない。

3
エマ 2017/10/30 (月) 19:01:19

「...」
プルルルル、と何コールか響く。
それは俺以外誰も居ない家に虚しく響いた。
コールが止まる。
「お、もしm」
『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』
「もしもし、お前今何してるんだ?俺をはぶくなんて、ひどいじゃないか。こっちは仕事で疲れているんだ。外食しているなら、メールくらいしてくれよ。ところでお前、メールアドレスを変えたのか?繋がらなかったぞ。変えたなら、教えてくれよ。」
『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』
「...おい、なんか返事しろよ。寂しいよ、俺。仕事で疲れているのに、家族が家にいないんだから。なあ、なんで無視するんだ?好きだ、おまえも俺の事が好きだろう?それなのに無視するのか?おい、なんとか言えy」
『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』
「ああああああああああああああああああああああああああああああうるさいなあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
いつしかスマホは割れていたし、画面は真っ暗だった。

4
エマ 2017/10/30 (月) 19:01:57

仕方ない、腹が減った。むしゃくしゃしている。
ギシギシと鳴る階段を降りる。リビングに行くが、家族はいなかった。
「おい、イツキ。何処に行ったんだ?返事しろよ、何で無視するんだ。」
真っ暗な部屋、電気も付けず、たぶんそこに居ると思うイツキに声をかける。
「おい」
グシャ、一歩踏み出したら何かを踏んでしまった。それを拾い上げ、手で感触を確かめる。
なんだか、柔らかくて、どろどろとしている。あまり良い触り心地ではない。
その場に捨てた。グシャ、と同じ音をたてる。その場に何かが飛び散る。汚いなあ。
また一歩踏み出すが、先程と同じ物が落ちていたようで、踏んでしまう。
イライラしてきた。イツキ、ちゃんと掃除しているのか。
また踏むと厄介なので、手でそれを隅に寄せる。ぐしゅぐしゅとした手触りで、時折硬いものも手にあたり、本当に汚い。気持ち悪い。
隅に寄せ終わったようなので、立ち上がり、机のある方へと歩む。確か机の上にカップラーメンが置いてあった筈だ。残念だが、俺は料理はできない。
お湯を沸かそうと、ヤカンを持ち蛇口をひねる。
ちょろちょろと、水が出てくる。やけに水圧が低いが、特には気にならない。
ヤカンに水がある程度溜まったので、それを火にかけようとコンロを付けた。
ただただぼーっとする。
イツキ達は本当に何処へ行ったのだろう?
そういえば、明日は俺の誕生日だ。もう歳をとるだけなので特に楽しみでもないが、結婚してからは嫁や子供が祝ってくれるようになったなぁ。誰にも祝われず過ごした数年前は思うよりも重く、子供の頃を思い出して涙が出そうになったっけ。
イツキとライカのやつめ。もしかして俺にサプライズを仕掛けようとしてるのか?そう思うと、なんだか照れくさくなった。
「明日が楽しみだなぁ」
呟くと同時に、ヤカンの水が沸騰したようだ。ピーピーうるさく泣いている。ライカが産まれたばかりの頃、毎晩こうやって泣いていたなぁ。今では多少生意気な口をきくが、それも成長したという事だ。
カップラーメンの蓋を開け、お湯を入れる。またそこから3分待たなければいけない。俺は待つのは苦手だが、こればかりは仕方がない。

5
エマ 2017/10/30 (月) 19:02:52

それにしても、二人とも遅いな。二人とも夜には強い方らしいが、ライカはまだ5歳だぞ。こんな時間まで連れ回すのは、親としてはどうなんだ?
帰って来たら沢山叱ってやらないとな。あ、だがライカは早く寝かせなきゃならない。まだ小さいからな。
でも、もし二人がサプライズをしようとしていたら?俺は怒っていいのだろうか。よくないだろうな。そこは俺にも、良識がある。
もう3分経っただろうか?時計がないので時間が分からない。まぁ真っ暗で見えないのだが。
そこには特にこだわりが無いので、適当な時間で蓋を開ける。
箸を取り出す。ようやく食べ物が食える。腹を満たしたいという欲望のまま麺を摘み口へと入れる。
「...ぅゲェッ!」
思わず口から麺が飛び出た。胃からものが込み上げてくる。ただ何も食べていないので出てくるものは何も無く、酸っぱい胃酸がすこし口から垂れた。
とてつもなく不味い。不味いと言っても、これは、腐っているような、カビているような。
口の中に異臭が残る。これはなんだ!不良品か?
あわてて電気を付けようとする。が、付かない。何故だ?
仕方なく机の上にあった懐中電灯を使用し、カップラーメンの容器を照らす。
2015年3月19日。
おかしい。大分前の日付だ。
完璧主義のイツキは、消費期限を切らすことはまず無い。あったとしても、すぐに捨てる筈だが。
こんな見えやすいところに置いておくことは今まで無かった。
おかしい。
気がつけば俺は新聞を漁っていた。2015年2月8日、2015年3月5日、2015年2月13日...
急いで冷蔵庫を開ける。冷たくない。消費期限、2015年6月8日、2015年7月14日、2015年...
おかしい。おかしいおかしいおかしい。
ふと、後ろでグシャ...と柔らかいものが崩れるような音がした。反射的にそちらを懐中電灯で照らす。
「あ...」
さっきのやつだ。
「そっかぁ」
家族は数年前、リビングで自殺していた。

6
エマ 2017/10/30 (月) 19:04:08

「ごめんなさい」
イツキの口癖。それに対して俺は「死ね」と言う。
会社でのストレスは年々増していった。髪は抜け、医師には鬱と診断された。
趣味の無い俺は、ストレスが溜まる度に妻に当たっていた。ストレスの増加と共に、暴言、暴力は増えていく一方だった。
「死ね、死ね、死ね!全てお前のせいだ!死ね!目の前から消えろ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい...」
初めの頃はライカは部屋で布団にくるまり耳を塞いでいたようだったが、いつしか俺はライカにも当たるようになっていた。
「痛い!ごめんなさあぁい...ごめんなさい...!」
「お前が!出来損ないだから!俺が!こんなに!責められるんだ!死ね!首を吊れ!」
「ひっ、ごめんなさい...!うぅ...ごめんなさい...」
俺が暴力を振るっても、二人が家を出ていくことは無かった。俺はそれを良いことに料理の文句を言ったり、娘の部屋を荒らしたりしていた。

ある日、帰ったら、嫁と娘が並んでリビングで首を吊っていた。まるで大きなてるてる坊主のようだった。
俺はそれにムカついて、二人の背中を蹴った。重い音がして、ライカが落ちた。イツキは落ちなかったので、また蹴った。
足元には、二人の遺書が置かれていた。イツキの遺書には「ごめんなさい」と、その後長い文が書かれていたがイライラして破り捨てたので覚えていない。ライカの遺書には、「ごめんなさい」とだけ、下手くそな文字で書かれていた。これにもイライラしたので破り捨てた。

・・・・・・・・・・・・・・・

足元には、まだあの時の遺書が落ちている。ふと、破れた紙に赤い文字が見えた。敗れているので途切れ途切れである。気がつけばそれを無心でパズルのように組み合わせていた。

『パパ、だいすきです』

...ああ...

俺はおもむろに、冷めたカップラーメンに刺さったままの箸を抜き取り、首に刺した。
赤い血が飛び散り、だいすきの文字は見えなくなった。

おわり

7
エマ 2017/10/30 (月) 19:05:09

言い忘れてたけどぐしゃってなったのは腐敗した遺体です、遺体って腐敗してからどれくらいの期間で骨になるのかよくわかんないけど、そこは気にしないで