>> 12
奇しくもスヴォーロフと共闘のような形となったロスタムは、心のうちでかすかに逡巡していた。
「(囲んで殴るのは趣味じゃねえが、しかし────)」
それでも、眼前の存在が魔性であるというならば。生前からずっと、倒すべきであった敵であるというのならば。
そちらを無視してスヴォーロフへ襲い掛かることができるような性根は、また、ロスタム自身持ち合わせていなかったのである。
「(俺もまだまだ、青いもんだぜ。情に任せちまう。本能に任せちまう。心が、肉体が、「奴を倒せ」と叫んでやがる)
─────だが。ロスタムはこの後、このように逡巡することが。
魔性に対して”情”など抱く事。それそのものが決定的な間違いであったのだと”思い出した”。
>> 13
「良し、撃ち落としたか─────!」
空中で一撃を加え、ごしゃりと嫌な音を立てて地に墜落する両面宿儺を見据え、彼も少し遅れて地面に落ちる。
若干体勢を崩しながらも、その瞳は両面宿儺の次なる行動を見据えたままで。
────しかしながらロスタムは、またしても嫌な予感を感じていた。
魔の者が発する特有の感情を、ロスタムは肌で感じていた。
両面宿儺が語る言葉に含まれる、明確な”悪意”を─────
「!!」
ゴミを払うように、両面宿儺が腕を空へ薙ぐか薙がないか、そんな瞬間であった。ロスタムはこの眼前の魔性が成さんとする、まさに恐ろしい行動に気が付いた。
その後は、考えるより先に。感情を抱くよりも先に。
ロスタムは、その呪詛を多分に含んだ非常な魔力の衝撃波のうちに身を投げ──────
─────全身をもって、その”悪意”を受け止めた。
空へと投げ出されたロスタムの巨躯が、さらに上空へ吹き飛ばされる。
魔力を食らった部位は黒変し、見るもおぞましい痣となってロスタムの身を焼いている。
呪詛。清く気高い心を持ったロスタムにとって、その威力は計り知れぬ毒にほかならない。
まともに食らったロスタムはあえなく地面に倒れ伏し、しかし──────
未だ、呪いによって黒く染まった血反吐を吐き。地より立ち上がらんと、蠢いた。
「───嗚呼。防いでみせるぜ。」
「俺は大イーラーン全土を救う者。王座を守る騎士。……なれば、あそこで俺たちの戦いを見ているだけの無辜の人々数十人、守れねえで何が王騎士だ。────笑わせる。」
よろける足で立ち上がる。震える足で踏みしめる。
既に命の数個程度、燃やされたであろう身でありながら─────
なおも立つにのは、ロスタムのしぶとさだけではない。
そこには確たる理由があった。眼前の魔性は、どうあっても、”倒さねばならぬ”と!
「ああ、倒してやる。……倒してやるぜ、てめえ。人に仇なさんとする者は、おしなべて俺の敵だ。…少なくとも、今の俺にはな。」
彼はいつのまにか、手綱を手に持っている。
ロスタムはおもむろに、ただ眼前の魔物を見据えながら、それを空へと投げる。
両面宿儺は少なくとも、今の行動によって───ロスタムの、”譲れぬナニか”を刺激した事は、確かなる事実であった。
手綱を投げた中空が割れ、会場に凄まじい爆音で、馬のいななきがこだまする。
──────今ロスタムがしている行動を止めねば、少なくとも両面宿儺にとってやっかいな結果をもたらすであろう事は、確かな事実だろう。