「おいおいおいなにやってんだよお前」
5分前。
俺たちはラクダに乗って、海鮮レストランに来た。
トレーダーと名乗ったコイツは、店内にいる客と何か話を始める。
驚いたのは何よりコイツのテクニックだ。
巧みな話術で水一本を500Gもの値段で売りつけ、その金でバールを買ったかと思うと流れるような手つきでレジから金を
「抜き取ってんじゃねえよ」
こんなテクニック身につけてるとは思わなかった。マジで驚いた。
「逮捕状はまだ一枚しかもらってないから平気だよ」
俺はなんて言えばいいんだろうか。というかなぜ警察も来てないのに逮捕状を持っているのかとか、なぜ店主は何も言わないのかとか、とにかく突っ込みどころが多すぎる。
しかし、今の俺は不法侵入と水のタダ飲みの罰で連れまわされている、いわば奴隷のようなものだ。口出しする権利など無いに等しいのだが......
と、思ったりして今に至る。そして俺はもう一度、ヘビに声をかける。
「不法侵入した俺を脅したくせにお前は店の厨房に入ってるじゃねえか」
店主に気付かれるのを恐れ、小声でささやく。今俺たちは、扉が開いていた厨房の中に忍び込み、冷蔵庫の中身を物色していた。この寒気は業務用冷蔵庫のパワーだろうか、それとも俺の心の弱さだろうか?
「君は、この砂漠初めてかい?アウトロー方式って言って、置いてあるものはだいたい取っても大丈夫なんだ」
「だからってこんなこと!」
しまった、つい大声を出してしまった!
今振り向いたら店主はどんな顔をしているのだろうか?もしかしたら包丁でも振り上げてるかもしれない。今感じている寒気は確実に俺の心の弱さだ。
高鳴る鼓動、体を伝う冷や汗を肌にしっかりと感じ、恐る恐る振り向くと......
そこでは、ヘビと店主が笑顔で取引をしていた。
そこから俺たちはそりゃもうひどい目にあった。
厨房裏の階段から下に降りてみればそこはなぜか無法地帯と化した墓地で、俺たちというか俺は死ぬ気でそこを脱出
「させないよ」
「やめろ!連れていくなぁ!」
「おい、この砂漠は法だけじゃなくて物理法則も機能してないのか」
「そうらしいね」
今俺たちは、地面の、雲の、空の上にいる。階段を下りたと思ったらよくわからない空間にたどり着き、よくわからない空間によくわからない部屋がたくさん浮かんでいて...
「よくわからんな」
先行していたヘビは通路に置かれた水晶のようなものに触ると、すぐにこちらへ戻ってきた。
「こっちは通れない」
結局、俺たちは最初に正面に見えていた部屋へと進んだ。
「おっ、あれは滝じゃないか?」
さっきのよくわからない空間から抜け出して最初に見つけたのはまっさらな砂漠にそびえたつ巨岩。そしてそこから流れる大きな滝だった。
近づくだけでも体が満たされるのを感じる。レストランのときの寒気とは違う、心地の良い涼しさが体を包み込む。滝壺から水をすくい上げてみると、予想以上の冷たさに体全体が震えた。
「ふぅ......疲れた体に染み渡るな」
「やっぱり水浴びは最高だね」パシャパシャ
水がめちゃくちゃ飛んでるんだが。
でも、考えてみればここ2,3日まともに風呂に入っていなかった。そしてこれからも、いつ風呂に入れるかなんてわからない。過酷な砂漠での旅に順応するため、ここは目の前にあるものを最大限活用することにした。
「君、そのペンダントは外さないのかい?」
ヘビが俺の首元を尻尾で指す。その目には、内部で桃色の霧が流動する不思議な石が映っていた。
「これ、俺の母親の形見なんだ」
俺には親が一人しかいない。父親は生まれてから今まで顔も見たことがないし、探そうとしたこともなかった。
ただ一度だけ、母に尋ねたことがある。
『おかあさん、どうして僕にはおとうさんがいないの?』
『おかあさん、何か悪いことしたかしら?おとうさんがいないと不安?』
母の悲しそうな眼は、当時子供だった俺に”かわいそう”と感じさせるほどの何かを持っていた。あの日の記憶は、今もその痛みとともに深く心に刻まれているそ。れ以来、俺が父親についての話を母にすることはなかった。
「なるほど、それで?そのお母さんはどうしてお亡くなりになったんだい?病気?」
「いや、それが全く思い出せないんだ」
そう、本当に全く。不思議なことに何の手掛かりも思い出せないのだ。まだ幼かったこともあり、覚えていることは家にこのペンダントが残されていたことだけだ。
「お父さん、早く会えるといいね」
「会ったこともない親なんてよくわからないよ」
滝が流れ落ちる音が聞こえた。