タイムリープもの改め、ムカデとヘビの異色のコンビが己の運命へと立ち向かうジュブナイル小説(行数で引っかかるため、既に書いてある部分より短い後悔となります)
「百の手足が抱くもの」
うぅ、汗が止まらない......。
いつから歩いていたっけ......。
永遠とも思えるような痛いほどの日差しと乾いた砂が精神を削っていく。
飯も物品も奪い放題、おまけに金払いのいいトレーダーがたくさんいる砂漠があるなんて話を信じた俺がバカだった。
実際に来てみれば一面砂、砂、砂、たまに太陽。人も物も何一つ見当たらない。
おまけに帰り道が全く分からない。砂漠には何の道標もないうえ、足跡は砂に飲まれてすぐに消える。そもそも最初から今までまっすぐ進めているかもわからない。
いくら砂漠だからって、オアシスの一つや二つくらいあってもおかしくないはずなのに、それすら影も形も見えはしなかった。
俺はこのまま死ぬのか?名前も知らないこの砂漠で干からびて、息絶えてしまうのか?
ーーーもう、それでもいいかもしれない。
俺には愛する人も、帰るべき場所もない。
父は物心つく前に失踪し、俺を一人で育ててくれた母は死んだ。俺に残されたものはこの身一つなのだ。生きることに必死になる必要など全くないのだ。だからそこに見えているようなオアシスを通りかかっても、水を飲む必要も...
オアシス?
「お......」
「お、あ、あぁぁっ!」
無我夢中でオアシスへ飛び込む。
「み、みずだぁ!あはは、はっはぁ!」
未だ渇いている喉から空気まじりの感動を吐き出す。水がうまい!水がうまいぞ!喉を通る水の感覚がクリアに脳に伝わり、体全体が喜びに震えるのを感じる。
まさに砂漠のど真ん中に差した一筋の光だ。日の光は砂漠全体にガンガン当たってるけど。
「ーーーちょっと」
「あ~なんだぁ?後にしてくれ、俺は水浴びで忙しいんだよ」
「その水浴びをやめてほしいんだけど」
なんだこいつ。
目線をやると、ひょろなが緑のそいつは訝しむような目つきでこちらを見下ろしていた。
俺の幸せを邪魔しないでくれよ。今の俺を止められるのは大金とうまい飯くらいなもんだぜ。
「うるせぇ!俺が先に見つけたんだから俺の水だ!あっち行ってな!」
「そこは僕の私有地だよ」
俺を止められるものは大金とうまい飯、それと法律だった。非常にマズい。
「すまん、許してくれ、許してください......」
「うーん、じゃあ一つ条件を聞いてくれないかな」
条件?なんだろう、働くのだけはごめんだぜ。
「今から僕の旅についてくるんだ」
「旅?」
ってことは俺、コイツについていけばタダ飯食い放題か!?
「僕はトレーダーをしていて、今から旅行ついでに貿易の旅に出るんだよ」
トレーダー。
そういえば金払いのいいトレーダーが山ほどいるとか聞いたな。あんなに歩いても何もなかったから忘れていた。
「仕方ねえ、それで償えるなら安いもんだ」
「おいおいおいなにやってんだよお前」
5分前。
俺たちはラクダに乗って、海鮮レストランに来た。
トレーダーと名乗ったコイツは、店内にいる客と何か話を始める。
驚いたのは何よりコイツのテクニックだ。
巧みな話術で水一本を500Gもの値段で売りつけ、その金でバールを買ったかと思うと流れるような手つきでレジから金を
「抜き取ってんじゃねえよ」
こんなテクニック身につけてるとは思わなかった。マジで驚いた。
「逮捕状はまだ一枚しかもらってないから平気だよ」
俺はなんて言えばいいんだろうか。というかなぜ警察も来てないのに逮捕状を持っているのかとか、なぜ店主は何も言わないのかとか、とにかく突っ込みどころが多すぎる。
しかし、今の俺は不法侵入と水のタダ飲みの罰で連れまわされている、いわば奴隷のようなものだ。口出しする権利など無いに等しいのだが......
と、思ったりして今に至る。そして俺はもう一度、ヘビに声をかける。
「不法侵入した俺を脅したくせにお前は店の厨房に入ってるじゃねえか」
店主に気付かれるのを恐れ、小声でささやく。今俺たちは、扉が開いていた厨房の中に忍び込み、冷蔵庫の中身を物色していた。この寒気は業務用冷蔵庫のパワーだろうか、それとも俺の心の弱さだろうか?
「君は、この砂漠初めてかい?アウトロー方式って言って、置いてあるものはだいたい取っても大丈夫なんだ」
「だからってこんなこと!」
しまった、つい大声を出してしまった!
今振り向いたら店主はどんな顔をしているのだろうか?もしかしたら包丁でも振り上げてるかもしれない。今感じている寒気は確実に俺の心の弱さだ。
高鳴る鼓動、体を伝う冷や汗を肌にしっかりと感じ、恐る恐る振り向くと......
そこでは、ヘビと店主が笑顔で取引をしていた。
そこから俺たちはそりゃもうひどい目にあった。
厨房裏の階段から下に降りてみればそこはなぜか無法地帯と化した墓地で、俺たちというか俺は死ぬ気でそこを脱出
「させないよ」
「やめろ!連れていくなぁ!」
「おい、この砂漠は法だけじゃなくて物理法則も機能してないのか」
「そうらしいね」
今俺たちは、地面の、雲の、空の上にいる。階段を下りたと思ったらよくわからない空間にたどり着き、よくわからない空間によくわからない部屋がたくさん浮かんでいて...
「よくわからんな」
先行していたヘビは通路に置かれた水晶のようなものに触ると、すぐにこちらへ戻ってきた。
「こっちは通れない」
結局、俺たちは最初に正面に見えていた部屋へと進んだ。
「おっ、あれは滝じゃないか?」
さっきのよくわからない空間から抜け出して最初に見つけたのはまっさらな砂漠にそびえたつ巨岩。そしてそこから流れる大きな滝だった。
近づくだけでも体が満たされるのを感じる。レストランのときの寒気とは違う、心地の良い涼しさが体を包み込む。滝壺から水をすくい上げてみると、予想以上の冷たさに体全体が震えた。
「ふぅ......疲れた体に染み渡るな」
「やっぱり水浴びは最高だね」パシャパシャ
水がめちゃくちゃ飛んでるんだが。
でも、考えてみればここ2,3日まともに風呂に入っていなかった。そしてこれからも、いつ風呂に入れるかなんてわからない。過酷な砂漠での旅に順応するため、ここは目の前にあるものを最大限活用することにした。
「君、そのペンダントは外さないのかい?」
ヘビが俺の首元を尻尾で指す。その目には、内部で桃色の霧が流動する不思議な石が映っていた。
「これ、俺の母親の形見なんだ」
俺には親が一人しかいない。父親は生まれてから今まで顔も見たことがないし、探そうとしたこともなかった。
ただ一度だけ、母に尋ねたことがある。
『おかあさん、どうして僕にはおとうさんがいないの?』
『おかあさん、何か悪いことしたかしら?おとうさんがいないと不安?』
母の悲しそうな眼は、当時子供だった俺に”かわいそう”と感じさせるほどの何かを持っていた。あの日の記憶は、今もその痛みとともに深く心に刻まれているそ。れ以来、俺が父親についての話を母にすることはなかった。
「なるほど、それで?そのお母さんはどうしてお亡くなりになったんだい?病気?」
「いや、それが全く思い出せないんだ」
そう、本当に全く。不思議なことに何の手掛かりも思い出せないのだ。まだ幼かったこともあり、覚えていることは家にこのペンダントが残されていたことだけだ。
「お父さん、早く会えるといいね」
「会ったこともない親なんてよくわからないよ」
滝が流れ落ちる音が聞こえた。