ミバch創作コミュニティ

36a²の小説置き場 / 21

39 コメント
views
9 フォロー
21
6×6=36 2020/04/05 (日) 15:37:32 修正 >> 20

(肆の続き)

    最初と同じ、目で追えないような速度の回し蹴り。
    勿論、男が(くずお)れる頃には、利玖の右足は定位置に戻っている。
    二人目の男もアスファルトの地面に尻を付けたのを見て、利玖は、いつものような軽い口調で口を開いた。
「さ、お話しようか」
    尻餅をついた二人の表情が安らかでないのは、逆光でも見て取れた。
    二人の恐怖の表情を見て、幹斗の中で、嫌悪に似た何か黒いものが生まれた。
    いつの間にか幹斗の近くへ寄ってきていた白羽が、顔を前に向けたまま話しかける。
「な、危ないことにはならなかっただろ?後は事情を聴いて、家に返すかどうするか決めるだけだ」
    いたって軽い口調で、そう口にする。

────こんなの、ただの暴力による制圧じゃないか。

    その言葉は幹斗の心の声か、それとも幹斗の口から発せられたのか、分からない。
    ただ、目に映った光景は、自分の望んだ景色ではなくて。
    対話する気がない相手にいくら言葉を尽くしても意味が無い。それはもっともだ。たけど…だけど、他に何かあるんじゃないのか?平和的解決が、穏便な結果が。
    不可能なのは頭では分かってる。でも、白羽なら、あいつなら、俺が驚くような手際であの場を切り抜けられるんじゃないか。
    そもそも俺は、何を望んでいたのだろう?
    何を願い、何を、白羽に、押し付けていたんだろう?
    幹斗は、走った。
    どこへ向かうつもりもなかった。でも、どこかへ行きたかった。逃げたかった。頭に焼き付いた、去り際に視界の端に捉えた親友の表情を振り切るように。
    足が縺れる。息が切れる。
    やがて立ち止まり、膝に手を付き、肩で息をする。これほど走ったのはいつ以来だろう。ひたすら酸素を貪る。頭が揺れる。視界が揺らぐ。頬を掠める風すら煩い。視界の端を、茶色く乾いた街路樹の葉が、嘲笑うように通り過ぎる。
    交番に勤務したこともある。不良の相手をしたことは一度や二度ではなかった。その時も、相手が話し合いを放棄したら闘うことしかできなかった。他に手はないのか、そう思いながら倒れ伏せる不良を眺めたこともあった。
    自分が不器用な自覚はあった。だから、自分と違って器用な白羽なら、冴えたやり方を知ってると、そう思っていた。
    勝手に期待して、勝手に失望した。
    言葉にすればそんなものだった。決して、白羽達が悪かった訳では無い。そう、正当防衛と言える。だけど…
    白羽に何を言ったか、覚えていない。でも、何かを言った。言ってしまった。走り出す直前に見た顔は、瞳に光が無かった。もしかしたら、それは、白羽の瞳に映った自分の顔だったかもしれない。
    頭を冷やそう。
    今日はもう、何も考えたくない。

────こんなことになるなら、会わなければよかった

    未井幹斗は、屍のような歩みで、家路を辿った。
    空は、厚い雲に覆われていて、地上の微かな光を反射して薄い色を放っていた。

通報 ...