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36a²の小説置き場 / 20

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6×6=36 2020/04/05 (日) 14:54:01

    肆

    時計の針が頂点でひとつになった頃。夜のそよ風が、黄色く色づき始めた街路樹の葉と、未井幹斗の頬を吹き抜ける。一日に二回もこの道を辿るのは初めての事だった(日付が変わっいるかもしれないが、そこは気にしない)。自宅からは十数分程。薄暗い町に目が慣れはじめると、昼にも訪れた年季の入った階段の下に、ふたつの人影が見えてくる。ひとつは、背が高く細長いシルエット。針金細工にも似た手足を、寒色で無地のセーターに袖を通した白畑白羽だ。もうひとつは、白羽よりも二回りほど小柄でがたいのいいシルエット。肌寒い秋の夜にも関わらず、黒っぽい半袖シャツで動きやすい格好をした荒田利玖だ。
「よう」
「おう」
    片手をあげて軽く応答をする。セリフだけを抜き取れば軽薄なムードだが、幹斗は二人の間にある言い知れぬ静かな重みを感じていた。だいいち、前会った時には積極的に話しかけてきた利玖が、おざなりに手を振るだけで、軽口すら叩かない。そう思った時に、
「じゃあ、全員揃ったことだし、出発しますか」
    空気を変えるようにぱんっ、と両手を打ち鳴らして、利玖が口を開いた。
「うん。そうしよう」
    応える白羽も、先のような重い雰囲気は無い。
「こんな時間に、悪いな」
「いや、行くって言い出したのは俺の方だからな」
    そう幹斗に声をかける白羽を見て、幹斗は学生の部活の試合前みたいだな、と感じた。緊張する部分もあるが、それでいてどこかわくわくしている所が二人にはあった。
    利玖が「四丁目のコンビニだよな?」と言いながら先導して歩き出す。目的地への道はわかりきっている様子だ。
    こうやって白羽と肩を並べて歩くのはいつ以来だろう。小学校の頃は、度々こうして歩くことがあった。しかし中学で道を違えてからは、そんなこともすっかり無くなった。それでも、やはりこの男が隣に居るのはとても居心地がよかった。自然と、同じ歩調で歩ける。
    少し過去に思いを馳せていた幹斗の頬を、夜風が再び撫でた時、行く手に闇夜には不似合いな明かりが見えた。
「ひとまず俺らが相手をしてくる。幹斗は後ろで控えていてくれ」
「分かった」
    幹斗の承諾を聞くと同時に、白羽は片手をあげる仕草をして、足早に利玖の背を追い抜いた。
    きっと、白羽のことだから、不良相手にも上手く言いくるめて穏便に済ますのだろう。そんな風に楽観的に捉えていた。暴力沙汰になどならないと、どこかでそう思っていた。
    幹斗は、そんな自分を後に後悔することになる。
    片田舎特有の、敷地の広いコンビニ。面積の半分を駐車スペースが占めているが、こんな夜中に車でコンビニを訪れるような変わり者は居ないようだ。敷地の少し奥まった所に、平たい建物が光っている。コンビニの外には、店内の明かりを背に四つの人影。
    布陣は変わって白羽が先頭、敷地の僅かに外に待機する幹斗、その中間辺りに利玖がいる形になる。白羽が真っ直ぐに不良達の所へ向かうと、一人が相対する様に歩み寄ってきた。
「なんだいあんた。買い物客、には見えねぇけどよ」
    店の明かりから少し離れたことで、多少は造形が把握出来る。粗雑に白羽に話しかけた男は、肩まである髪が、店の明かりを茶色く透かしていた。身長は白羽より頭半個分ほど低いか。
「その通り。面倒な前置きは省いて単刀直入に言わせてもらおう。馬場みおさん、後ろにいるだろう?彼女は家出をしていて、連れ戻して欲しいと彼女の家族に頼まれたんだ。と、言うわけだ。彼女と話させてもらおうか」
    本当に端的に要件を述べ、男の横を通ろうとした白羽だったが、男は白羽を通そうとはしなかった。
「ミオは家に帰るつもりはないぜ。そうだろ?」
    男が後ろを振り返りつつそう問うと、後ろにいる人影のひとつが頷いた。きっとその人影が件の孫娘なのだろうが、幹斗の位置からでは、逆光でその顔は窺えない。
「────というわけだ。お帰り願おうか」
「そう言われてもねぇ。こちらにも、こちらの事情があるんだ。話くらいはさせてくれよ」
    男は凄むような口調で言ったが、白羽は気にした様子もない。音のない睨み合いが続いた。数分、いや数秒だったかもしれない。やがて男の方が口を開いた。
「ちっ…あくまでそのつもりなら、こっちもこっちで考えがある────ぜっ!」
    男は一息に拳を振り抜いた。
「────っと。随分気が早いねぇ」
    身体を後ろに引いて拳を躱した白羽は依然として余裕を崩さない。そしてそのまま後ろ向きに歩いてくる。
    同時に歩き出した利玖と入れ替わるように。
    今度は利玖が男と対峙する。手を伸ばせば触れるような間合いに思える。
    男は声を荒らげながら利玖に殴りかかる。
「今度はなんだ────っおぉ!?」
    次の瞬間、セリフを言い終わることも出来ずに、男はアスファルトに尻餅をついていた。
    早すぎる回し蹴りだ。男が殴り掛かる瞬間、利玖は微かに右足を引いていた。恐らくそこから左足を軸に高い回し蹴りを放った。幹斗の目には、利玖と男の頭のシルエットを黒い影が通ったのを見た。しかし、瞬きを終えた頃にはもう右足は最初と同じ位置に戻っていた。
「何してんだてめぇ」
    前の男が倒されたのを見て、慌てたように後ろにいた仲間が右手にバットを持って歩み出てくる。
    大股で間合いを詰めると、二人目の男はバットを頭上に振りかぶり、袈裟斬りの軌道で利玖の頭を目掛けて振り下ろした。
「────っ!?」
    が、その手には何も握られていなかった。男の驚愕の声が、アスファルトに落下したバットの鳴らす軽い音と重なる。
    利玖の右足は、とうに同じ位置に戻っている。
    今度は前蹴りだった。バットの持ち手を正確に狙った蹴り。しかも、先程のように利玖の身体は微動だにしていないように、後方にいる幹斗には見えた。相当鍛えられた体幹が無ければそんな動きは不可能だ。
    再び、利玖の右足が動いた。
「────っう!?」

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  • 21
    6×6=36 2020/04/05 (日) 15:37:32 修正 >> 20

    (肆の続き)

        最初と同じ、目で追えないような速度の回し蹴り。
        勿論、男が(くずお)れる頃には、利玖の右足は定位置に戻っている。
        二人目の男もアスファルトの地面に尻を付けたのを見て、利玖は、いつものような軽い口調で口を開いた。
    「さ、お話しようか」
        尻餅をついた二人の表情が安らかでないのは、逆光でも見て取れた。
        二人の恐怖の表情を見て、幹斗の中で、嫌悪に似た何か黒いものが生まれた。
        いつの間にか幹斗の近くへ寄ってきていた白羽が、顔を前に向けたまま話しかける。
    「な、危ないことにはならなかっただろ?後は事情を聴いて、家に返すかどうするか決めるだけだ」
        いたって軽い口調で、そう口にする。

    ────こんなの、ただの暴力による制圧じゃないか。

        その言葉は幹斗の心の声か、それとも幹斗の口から発せられたのか、分からない。
        ただ、目に映った光景は、自分の望んだ景色ではなくて。
        対話する気がない相手にいくら言葉を尽くしても意味が無い。それはもっともだ。たけど…だけど、他に何かあるんじゃないのか?平和的解決が、穏便な結果が。
        不可能なのは頭では分かってる。でも、白羽なら、あいつなら、俺が驚くような手際であの場を切り抜けられるんじゃないか。
        そもそも俺は、何を望んでいたのだろう?
        何を願い、何を、白羽に、押し付けていたんだろう?
        幹斗は、走った。
        どこへ向かうつもりもなかった。でも、どこかへ行きたかった。逃げたかった。頭に焼き付いた、去り際に視界の端に捉えた親友の表情を振り切るように。
        足が縺れる。息が切れる。
        やがて立ち止まり、膝に手を付き、肩で息をする。これほど走ったのはいつ以来だろう。ひたすら酸素を貪る。頭が揺れる。視界が揺らぐ。頬を掠める風すら煩い。視界の端を、茶色く乾いた街路樹の葉が、嘲笑うように通り過ぎる。
        交番に勤務したこともある。不良の相手をしたことは一度や二度ではなかった。その時も、相手が話し合いを放棄したら闘うことしかできなかった。他に手はないのか、そう思いながら倒れ伏せる不良を眺めたこともあった。
        自分が不器用な自覚はあった。だから、自分と違って器用な白羽なら、冴えたやり方を知ってると、そう思っていた。
        勝手に期待して、勝手に失望した。
        言葉にすればそんなものだった。決して、白羽達が悪かった訳では無い。そう、正当防衛と言える。だけど…
        白羽に何を言ったか、覚えていない。でも、何かを言った。言ってしまった。走り出す直前に見た顔は、瞳に光が無かった。もしかしたら、それは、白羽の瞳に映った自分の顔だったかもしれない。
        頭を冷やそう。
        今日はもう、何も考えたくない。

    ────こんなことになるなら、会わなければよかった

        未井幹斗は、屍のような歩みで、家路を辿った。
        空は、厚い雲に覆われていて、地上の微かな光を反射して薄い色を放っていた。