ある日曜日の昼、行幸六花は人払いの結界が張られた枢木邸の庭にいた。
六花は掌大の石にアルファベットのSに似た文字を刻むとこれで大丈夫かな?と何者かに話し掛ける。
屋敷の主である楡ではない。楡は何時ものように冷ややかに立花を一瞥していた。
『ああ、それで良い。 それがソウェル、火のルーンの一つだ』
六花の疑問に答えたのは楡の隣、その地面に突き刺さった槍…マジカルホワイトトパーズ、正確にはホワイトトパーズに
無幻泡影されたランサーだ。
「それで火が出せるようになるのか?」
いつの間に庭に出てきたのか、先ほどまでリビングにいた(楡に言わせれば勝手に占拠していた)萬谷桜楽は興味津々と言った様子で様子を見に来ていた。
「……火のルーンってアンザスやカノかと思ってたけど違うんだ」
『いや、枢木女史の知識は間違いではない。アンサズ、イングズ、ソウェル、カノ。全て発火のルーンとなり得る』
意外そうにぼそりと呟いた楡の言葉にランサーが答える。
「ランサー、その4つが全て火なの?」
ランサーの言葉に首を傾げたのはルーン魔術を教わっている最中の六花だった。
『太陽と勝利を意味するソウェル、松明を意味するカノは発火のルーンとしては初心者向けだ。 アンザスは知識のルーンで知らしめる事が真価だが、汎用性が高い。早い話知識とイメージ次第で発火だけでなく自在に事象を起こせる』
ランサーの言葉にへー…と頷六立花と桜楽。一方楡はその答えに不服そうだった。
「待って、そんな話聞いたことないんだけど」
『魔術とは学問であると同時に神秘と信仰だ。特に出来ることに幅があるルーン魔術に関しては、言ってしまえば出来ると強く思えば出来るし、最初から出来ないと思っていれば何も出来ない』
楡の言葉にランサーは淡々と答える。その答えを聞いても楡は不満そうだった。
「え!じゃあ私もルーン魔術使える?シャドウファイアー!って出来るの!?」
横から割って入ったのは桜楽だった。全身を使って炎を表現して前方に発射するようなモーションを取る。
『まぁ、出来ない事はないと思うが…君はルーン魔術抜きで多分近い内に炎を自在に操れるようになると思うぞ』
「マジで!やった! さっそく一緒に練習しよ!」
ランサーの言葉にガッツポーズをすると、桜楽は炎を出す練習をし始めた。
「ランサー、盛り上がってるところたまけど良いかしら?」
待たされた六花は少し不満そうに少し頬を膨らませ、ランサーをジト目で見る。
『ああ、すまんなお嬢ちゃん。 ルーンを刻んだ石を遠くに投げろ…燃え広がらないとこだぞ? 準備が出来たら魔力を込めて唱えろ、ソウェル!』
「……ソウェル!」
瞬間、ルーンを刻んだ石がパチパチと火花を立てると発火し、そして鎮火した。
「すっげー!」
「……出来た」
はしゃぐ桜楽とほっと肩を撫で下ろす六花。
『ちゃんと火が出たか、最初にしては上出来だ』
六花を誉めるランサー。その横にいた筈の楡はいつの間にか姿を消していた。
「……出来ると強く思えば出来る、か」
楡は一人リビングに戻っていた。片手には掌大の石。楡はナイフで石に何かを刻もうとして……止めた。
「今更ね……」
自嘲するように嗤う。そうだ、全ては今更だ
「あれ?くるくるねーちゃんいない?」
「くるるさんトイレでしょうか?」
「く゛ーる゛ーる゛ーき゛ーよ゛! 誰がくるくるだのくるるですって!!」
ガキどもの声に先ほどまでの自嘲をかなぐり捨てて楡は庭へと戻った。
『実際どうなんだ?』
クッキー缶に仕舞われたままのせいでやや声が反響する。机の上のランサーはそう問いかけた。
行儀悪く足を組んで紅茶を口にしていた楡が眉を上げる。ハルと六花はたまたま話に上がった枢木邸の書庫の見学に行っていた。
「どうって何がよ」
『見たところここに張られた結界はそこそこ古い。200年は経ってないが100年は経っている。
質も悪くない。特に20年ほど前に張られたものは俺の目から見てもなかなか見どころがあるくらいだ。俺の目からだぞ?』
念を押すランサーに楡は溜息を付いた。…確かに、ルーン魔術の太祖が言うならけちはつけられない。
「20年前か。お父様ね。そうでしょう。あの人はうちの家系の傑物だったから」
『お前も俺から見れば素質に比べて実力不相応に見えるがな』
「仕方ないじゃない」
紅茶の液面を見つめる楡の瞳が遠く霞んでいた。
「そのお父様が結論を出してしまったんだもの。『この家の魔術師には未来がない』って」
少しの間沈黙があった。やがてランサーが言った。
『お前たち現代の魔術師は在り方の定義を複雑にしすぎたな』
「あなたにそう言われたら何も返す言葉がないわね。私の皮肉も品切れよ」