一方、その遥か背後。
『ふっふふ〜んふ〜ん』
巨人がくぐもった鼻歌を歌いながら資材を運んでいた。巨人は三階建てのアパートくらいはあるだろうかというトロッコからレールのようなものを引き出しては並べ引き出しては並べ、真っ直ぐに並べていく。
『よしよし』
並べたレールを眺めた巨人が満足げにくぐもった声を漏らした。
『そろそろ溶接入るかなぁ。さて……HCUからの警告を行う! 架線接続を開始する! 周辺の住民、回収業者、不法侵入者は架線から離れるように! 繰り返す! 架線接続を開始する! 周辺の住民、回収業者、不法侵入者は架線から離れるように!』
だだっ広い荒野に拡がりゆく声は反響することなく通り過ぎて、すぐに辺りは水を打ったように静まり返った。
『……警告よし。生命反応もなし。規定どおりに勧告から一分経過。よーし、溶接開始だ。管制AI! 登録4の設定でクルージーンを起動しろ!』
────クルージーン。ケルトの大戦士クー・フーリンが使ったとされる伝説上の剣の名を関したH.W.(HCU Weapon)。巨人、即ちGRV-10と呼ばれる人型ロボット兵器の右腕にマウントされた杭剣は、かつて古き歌の中で彩られた同じ名を持つ剣の如く輝き始める。灼熱。光に照らされて燃え盛るように輝く荒野の一帯が真夏の砂漠のように渇き上がり土が焦がされていく。
これほどの熱を以て何を焼こうと言うのか。クルージーンの先端がレールの境界へとゆっくりと近づけられていく。
いや、逆である。これほどの熱量を以てしなければレールの溶接は適わないのだ。レールのような資材の正体は真田製鋼の遺産。魔力を供給する架空魔力線の依代。常軌を逸した耐久性と不変性を宿す合金を一瞬でも融解させるには小太陽ですらまだ足りない。ダイヤルがキリキリと慎重に回されクルージーンはますます白熱していき────
『……あれ?』
ぷすん。間抜けな音を立ててクルージーンの輝きが失せていった。溶けかけていた合金レールは涼し気な顔で荒野に寝転がったまま。急激に気温が下がっていく。
GRV-10の操縦席に座る男はポカンと開いていた口を閉めると、サイドボードからキーボードを引き出し、パチパチと打鍵を開始する。その手が不意に止まった。
『ERROR:1054……?! ……さては古い架線を壊したやつがいるな?』
今の資材を扱うようになったのはごく近頃のこと。それ以前の架線は厳しい「神戸」の環境に耐えうることのみが優先されていたため破損しやすい……ということはないがロータスFA製の爆弾でも数発ぶつければ壊れてしまうのだ。
やはり旧架線を優先するべきだった、そんな後悔が彼の脳裏を掠めたが今更嘆いても遅かった。溶接には20秒以上の加熱が必要となる。架線から供給する魔力を欠いてはクルージーンでの溶接作業は不可能だ。どう足掻いても今日の作業はこれ以上進まないだろう。
仕方ない。そう心中で溜息をついた彼、リゥ・ペンリは彼の愛機『クルージーン』の進行方向を「港町」の方へ向けたのだった。