⑦
「ペペロンチーノ、ってイタリアの料理だったっけ。てことはローマ料理だ」
「まあ、パスタの歴史って相当古くて古代ローマ時代から食べられてたらしいから一応そういうことになるのかな。
あれ、もしかして馴染みだったりする?キャスターの出身は、えーっと………ギリシャ?」
「うんにゃ。リュディア………今じゃトルコって国らしいね。そこのコロフォンって街の出身。
別にローマ料理だからどうというわけじゃないけどね。さて、それじゃ早速………」
フォークにくるくると麺を巻きつけてキャスターがぱくりと口にした。途端、ぱちぱちと瞬きしてあの紅い瞳が見え隠れした。
「おお!美味しい!確かにセイバーが言うだけあるね、典河!」
「そうでしょう。テンカの料理は美味しいのです。それに料理以外だって何でも出来るのです。テンカは凄いのです」
よく分からないが俺ではなくセイバーが自慢げな顔をしていた。はは、と苦笑してしまう。
ふたりに続いて俺もパスタを口へと運んで空腹を癒すことにする。うん、やはり我ながら上出来。
しゃきしゃきと口の中で存在感を主張する獅子唐と舞茸が楽しい一皿だ。
「手元にあった時はどうやって食べたもんだかと悩んだけど、こうして食べると他に例えようのない甘みや苦味が癖になるねぇ」
「獅子唐は熱を加えると味が引き立つからね。油とも相性がいいから天ぷらにしても抜群に美味しいよ」
「うん。それにこの茸の食感も小気味よく………今日の昼餉も素晴らしいよテンカ」
人間、えてして美味しいものを食べている間は喧嘩するのは難しいものである。
さっきまであんなに微妙な距離感だったセイバーとキャスターだったが、フォークに麺を巻きつけている間は少しだけ距離が近くなったように見えた。
獅子唐の独特の香り。舞茸の歯ごたえ。ベーコンの甘い塩味。アクセントとなる赤唐辛子と胡椒の刺激。それらを取りまとめるにんにくとオリーブオイルの風味。
キャスターが獅子唐を俺に押し付けてくるなんて珍事がなければ生まれることのなかった味と光景だ。
そう思うとなんとなくキャスターにお礼を言いたい気分になった。気まぐれで自分勝手な困った悪人だが、俺はそれでも彼女があまり嫌いではない。
昼食の時間はあっという間だった。みんな手を止めずにパスタを平らげてしまったからだ。
冷めるとせっかく乳化した水と油が分離してしまうので作り手としてはありがたい限りである。
「ごちそうさま。いや、本当に期待以上だったよ。店の料理にはない気取らなさと細やかさが最高だった。
こんなに美味しいのならまたご馳走してもらいに来ようかな。その時はよろしく頼むよ典河」
キャスターはそう言って俺へ向けて微笑んできた。
極稀にキャスターはこういう表情をする。策謀巡らす時の怪しげな笑みではない。蛮勇とも思えるような選択をする時の勝ち気な笑みではない。
本当に何処にでもあるような、ごくありふれた笑顔。ちょっとお転婆なただの町娘みたいな素朴な笑顔だ。
この顔をする時のキャスターはびっくりするくらいただの女の子に見えてついどぎまぎしてしまう。
だから『また来る』という言葉も断ることが出来なかったのだろう。