④
「キャスター、一応聞いておくけどにんにく使っても大丈夫?」
「ん、それって匂いのこと?気にしないから平気よ~」
振り返ることすらせずひらひらと後ろ手を振って答えるキャスターを確認してから俺は冷蔵庫を開いた。
「獅子唐といえばやっぱり相性いいのは油だよな………」
ざっと残り物を把握していく。ブロックで買っていたベーコン発見。昨日の夕飯で使わなかった舞茸発見。
保存容器に密封されたパスタの乾燥麺も発見した。この時点でレシピが脳内で確定する。
とりあえず鍋にたっぷり水を注いで火にかけると俺はキッチンにハンガーで吊ってあった常用しているエプロンを装着した。
いつの間にかソファ越しにこっちを見ていたキャスターがにやにやと笑っていた。
「前掛け姿がなんだか板についてるねぇ。なんなら私が織ってあげようか?いいお嫁さんになれるよ」
「え、遠慮しとく。キャスターの織ったエプロンなんて効き目あらたか過ぎてそのまんま料理人になっちゃいそうだ」
さすがにそういう人生設計は想定外。キャスターが操る糸のようなくすぐったい視線をなんとか無視して包丁とまな板を取り出した。
にんにくを包丁の腹で潰して皮を剥く。芽を取り除いたら微塵切りにしてフライパンの中へ。
赤唐辛子の蔕を取り除いて種を出したら身の方をこれもフライパンの中へ。
種も一緒に入れれば更に辛く出来るけど、今回はマイルドに行こう。きっとキャスターなら平気だろうけれど。
オリーブオイルをにんにくと赤唐辛子が浸るまで注いだら弱火で加熱を始める。オイルににんにくの香りを移す、イタリア料理では基本中の基本みたいな工程だ。
お湯の沸騰した鍋へ塩を溶かして乾燥麺を放り込んだら、にんにくがきつね色になるまでに取り揃えた食材の用意を始めた。
スライスしたベーコンは1cmほどの幅で短冊状に。舞茸は適当に食べやすい大きさにまで手で裂く。
それらをまな板の端へどかしながら、ようやく俺はキャスターが持ってきた紙袋を手にとった。
「さてと。今回の主役は………と」
紙袋からまな板の上へ広げた獅子唐を包丁で切っていく。1本をだいたい三等分くらい。
本当に畑からの採れたてなのがよく分かる、青々としたいい獅子唐だ。
育てたお婆さんというのは一体どんな人なのだろう?キャスターも俺の知らないところで意外な交友関係を作っているらしい。
キャスターのこの街での暮らしぶりに思いを馳せながら程よくにんにくの揚がったフライパンへベーコンを投入した。
途端にぱちぱちとベーコンの水分が弾けて陽気な音がキッチンへ響き出す。ここからの工程はスピード勝負だ、手早く行こう。