⑤
夜闇の中をふたりで並んで歩く。吐く息は真っ白だ。もう12月も末だもの。寒くて当然だった。
空を見上げれば晴れていれば星が見えるんだろうが、生憎と曇り空のようで星は勿論月すら見当たらない。
半年前、こんな空の下で同じようにふたり歩いた。あの時は暑かったから俺は軽装で、彼女は霊体化出来なかったからレインコートを被せていたっけ。
七夕の夜に始まったあの狂騒は随分遠い日の出来事のように感じられるようになっていた。
「サーヴァントってのは全員ザルなのかな。流姉さんの本気のペースに付き合ってまだひとりも潰れてないの、俺初めて見たよ」
「ランサーやライダー、キャスターはともかく、私は騎士だからね。今風に言えばお酒を飲むのも仕事のうちだよ。
酒宴の席は今以上に重要な意味を持っていたし、貴人の盃を受け取れないようでは騎士失格という時代だったんだ」
まあ公然と下戸を宣言して一滴も飲まない騎士というのもいたといえばいたけれど、と語るセイバーはあの夜のような鎧姿ではない。
外套を羽織って静かに歩くその姿は誰が見ても騎士ではなく現代の女性だった。ちょっと凛々しすぎるのはこの際置いておく。
俺の手にも、セイバーの手にも、大きめのポリ袋が吊られていた。表面には『シーマニア』と印字されている。
もう夜中だというのにまだ開いているのは旧土夏市街の市民にとって実に心強いスーパーだった。でもいずれはここにもコンビニが出来たりして変わっていくんだろう。
「悪いなセイバー。追加の酒やらつまみやら、買い出しに付き合わせちゃってさ」
「いや、そもそもテンカが買いに行くというのが筋違いだ。本当は用意していた酒をあっという間に飲みきったあの酔っ払いたちが行くべきなんだ。
そもそも日本の法律を考えるとテンカが酒を買えるというのは、どうなんだ?」
「あそこは店長からパートのおばさんたちまでもう全員俺と顔馴染みだから………。俺と流姉さんの関係も把握済みってわけ」
勿論本当はいけないのだがそこはそれ。ご近所付き合いは時に法を悪しき方へと曲げるのである。
缶ビールとワインのボトルでずしりと重いビニール袋を握り直しながら「それに」と俺は言葉を続けた。
「ちょっと食べ過ぎちゃったし、散歩には丁度いい距離だよ。セイバーと一緒に歩けるしね」
「それは………」
ぐっとセイバーの言葉が詰まった。ほんの少し間が空く。
「………ずるいよテンカ。そう言われたら私は何も言えない。賑やかなのもいいけれど、確かに私もこうしてテンカと共にいられることを嬉しく思っているから」
「……………そ、そうか」
街灯に照らし出されたセイバーの横顔は薄く朱に染まっていた。
思った以上に直球の返事が来て、俺もつい鼓動が一瞬早くなってしまう。
セイバーのこんな表情も初めて見るものじゃない。もう半年も一緒にいれば何度かはセイバーの不意を突くことだってあって、その度にこんな表情をセイバーはした。
そう、もう半年。いいや、まだ半年だ。
この同年代の女の子のようでもあり、頼れる姉のようでもあり、世話の焼ける妹のようでもあり、然して正体は昔日を駆けた女騎士である彼女と、まだ半年しか一緒にいない。
俺の中ではもう何年も共に過ごしているような感覚だ。それくらいの濃密さが彼女と過ごす日々にはあった。
背中は当然として、命だって何度も預けた。喧嘩だって何度もしたし、同じ数だけ仲直りした。そしてふたりで全ての終わりを見届けた。
土夏に平和が戻って、去るはずの彼女はこうして今もいて、穏やかな日常を俺たちと共有している。
これがまるで夢のような日々でなくて何だというのだろう。セイバーが隣りにいることを普段通りでありきたりと感じたことは一度も無い。
彼女と体験する全てがいつだって新鮮だった。そう、今だって。
「それにしてもテンカ。君は酒の肴を買うというからてっきり既製品を買うものだと思っていたんだ。
………なんでこの時間に材料から買ってるんだ。さっき洗い物してたはずだよね。あれだけたくさんの料理を作ったのにまだ作るつもりなのかい?」
「き、厳しいなあセイバーが………。そんな凝ったものを作る予定はさすがに無いよ。それに出来たてのほうが美味しいじゃないか」
「テンカは彼らに甘すぎなんだ。まあリュウはいいよ。キャスターへやけに甘いのは私は気に入らないな」
並んで歩くセイバーがじろりと生暖かい目で俺をひと睨みした。そんな目で見ないでください。どうやら本能的に傍若無人な女性に弱いらしいのです、俺は。
「ま、まあまあ。それにセイバーだってまだ飲むんだろ?」
「酔った彼らが何かしでかさないか監視する必要があるからね。正直なところ、今こうして歩いている間も私たちが留守にしている我が家のことが少し気がかりだ」
「は、ははは………なら、俺には手を抜くほうが難しい。セイバーには美味しいと思ってほしいからさ」
レシピは既に頭の中にいくつか浮かんでいた。せっかくパーティの後なので余り物をフル活用だ。
余ったマッシュポテトを味を整えたりサラダの余りを混ぜたりして耐熱皿に敷き詰め、上からコンビーフ、チーズを重ねる。
胡椒をかけたらオーブンに突っ込んで5分ほど。チーズが溶けたら完成。これでなんちゃってグラタンの完成。
焼豚の残りがあったから豚平焼きを作ってもいい。溶き卵で包んで上からソースを塗るだけで完成だ。
カプレーゼなんてそれこそあっという間だ。既にカットされてあるトマトと既にカットされてあるモッツァレラチーズと余っているバジルの上からオリーブオイルをどばどばかけるだけ。
塩と胡椒で味を整えたら出来上がり。全てが手早く出来上がるものばかりだ。何も問題はない。
黙って説明を聞いていたセイバーは微妙な表情を浮かべて指摘した。