「」んかくん
2020/12/26 (土) 01:17:06
④
はにかみ、頬を赤らめながら棗は言う。そんな顔をされたら、俺だって平気じゃいられない。
その信頼に応えなければという気持ちになってくる。棗が安心できるように、俺はいつだって俺らしくいないと。
きっと俺の幸福の形も、棗みたいな姿をしているのだろうから。
「………そっか。そう言ってくれるなら、どうにか間違いをせずに済んだのかな、俺は」
「きっとね。だといいなあ、って思うかな、わたしは」
「ありがたい話だ。それにしても間違えていたら、か。あんまり怖い可能性は嫌だけど、棗じゃない棗はちょっと見てみたい気もするな。
髪染めてピアスとかして、黒尽くめのパンクな衣装をした不良っぽい棗も何処かにいたりして」
「あはは、ないない。絶対わたしそんな格好出来ないよー」
くすりと、サクラソウの花のようにゆったりと微笑んだ。
食器洗いを再開するとみるみるうちに片付いていった。二人がかりだし、単にいつもしていることの量が多いだけだ。
妙に満ち足りたふわふわした気分で皿を磨いていると、急に棗がぼそっと今気づいたかのように言った。
「あー、でもよく考えたら、そか、来年にはてんかくんいなくなっちゃうんだよね。幸せじゃなくなっちゃうなー」
「幸せじゃなくなるて、まあロンドンに行くからね………」
「わたしもついていっちゃおっかなぁ」
「え」
思わず横を向いて顔を見ると、稚気をその深い青色の瞳に浮かべた棗の顔がくしゃりと破顔した。悪戯っ子みたいに。
「結構本気だよ、てんかくん」
白い歯を見せて笑う棗がとても可愛らしく見えて、危うく俺は動揺のせいで手を滑らせて皿を落とすところだった。
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