kagemiya@なりきり

十影さんちの今日のごはん / 31

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「」んかくん 2020/12/26 (土) 01:16:52


「なんだか棗にはいつも皿を洗わせている気がする………ごめんな」
「え?あっ………そかな。別にいいよ、わたしてんかくんと並んでお皿洗うの好きだし。………新婚さんみたいで」
「ごめん、最後の方が声小さくて聞こえなかったんだけど何か言った?」
「えと、なんでもないなんでもない。あっ、でも確かに今日は大変だよね、量あるし」
大皿をてきぱきと洗っていた棗は俺のぼやきを受けて妙に慌てた素振りで返事をした。
夕飯の後に棗はよく後片付けを手伝ってくれる。今日もその習慣は棗の中で変わらないようだった。
俺が空っぽになった皿をキッチンの流しへと運んでいると、すぐさま棗は駆け寄ってきて手伝ってくれた。ありがたい話だ。なんせ今日はいつもの量の比ではない。
いつものメンバーの5人分に加え、事前に来るという予告のあったランサーとライダーの2人分。更に案の定押し掛けてきた黒瀬先生とキャスターで、計9人分。
当然数多くの料理を盛り付けた大皿だって嵩む。ひとりで全部やっつけるには不可能ではないにしてもやや手間取る分量の洗い物だ。
ちなみに散々飲み食いした彼らはとっくの昔に二次会へと突入していた。リビングでは酒盃と共にライダーとキャスターが調達してきた山のようなつまみが食い荒らされている。
この中で飲めないのは俺と百合先輩と棗の学生組しかいないので残りは酒宴へ全員参加だ。しかしだというのに百合先輩は泡の出る飲料をぱかぱか開けている気がするな。
セイバーは最初加わらないという顔をしていたが先程キャスターの挑発に乗せられて酒飲みの渦へと巻き込まれていった。
ああ見えてセイバーはかなり飲める。きっと潰されるということはないだろう。これはセイバーに対する信頼なのだ。そういうことにしておく。
まあ今日はパーティである。無礼講というやつだ。どれだけどんちゃん騒ぎしようが近所迷惑にならない程度なら目を瞑るとしよう。
こういう席は滅法得意な流姉さんとノリが良いライダーが楽しげに騒いでいる声を背に聞きながら俺と棗は分担作業でてきぱきと皿を洗っていた。
「あー………そういえば、今日のメインディッシュ、凄く美味しかったよね。えと、大変だったんでしょ?」
「ターキーのこと?うん、あれはね………。もうちょっとオーブンの扱いに慣れなきゃいけないなってなったよ」
棗が泡塗れにした皿をシンクの中で流しながら俺は半笑いを浮かべた。
実際、大変だったのだ。いざ取り出してアルミホイルを除く段にあたって、百合先輩の「………これまだ焼けてないんじゃない?」という呟きが無ければ危なかった。
科学が全てを都合よく管理して料理を成功に導いてくれるまではまだもう少しかかるようだった。具体的にはあと10年といくらかほど。
とはいえ、結果的には上手くいったのは僥倖と言うべきだろう。テーブルの中央に焼き上がったターキーを運んだときの、見つめる全員が口にした感嘆の溜息が俺と百合先輩に与えた感動はちょっとしたものだ。
まるで苦境を共に乗り越えた戦士のように互いに見つめ合って微笑み頷き返した。それくらいターキーはよく出来ていた。
艷やかな飴色に焼き上がったターキーは素晴らしい出来栄えだった。聞くところによるとターキーの肉は量があるだけでぱさぱさとしていて決して美味しくはないと言うが、そんなことはない。
実際にナイフを入れ、切り分けたターキーのふっくらとした身の柔らかさ。大仰な見た目に反する淡い味わい。
肉汁と赤ワインを合わせて作ったグレイビーソースの甘酸っぱさも丁度いい出来栄えだった。これがまた肉に合うだけではなくマッシュポテトにかけてもびっくりするくらい美味しい。
おそらく調理法の勝利だろう。我々はターキーが課した試練に勝利したのだ。口にしたランサーが微笑んだだけでそれは確実だった。
ライダーだって「朝廷で振る舞われた山鳥のどれよりも美味だ」と言うからには並み居る英霊たちの舌をも満足させたに違いない。………平安時代の料理文化のレベルを俺は知らないけれど。
「あっ、でも本音を言うとね。ううんターキーも美味しかったんだけどね?
 付け合わせの、スタンフィングだっけ。えーと、あれも美味しかったっていうか。その、あっちの方も美味しかったっていうか」
「分かる。ターキーの肉って淡白でソースをかけるの前提ってところあるもんな。それに比べると確かにあれは美味しかった………」
そう。これだけ肉も好評を得ておきながら最も評価が高かったのは百合先輩が自ら鍋を揺すったスタンフィングであったのだ。
まあ仕方ないと言えば仕方ない。ただでさえあれだけ肉の滋味を取り込んだスープで炊かれた米が香り高い野菜と強い旨味を持つターキーの内蔵の旨味さえ吸ったのだ。
モツ鍋の味を知る者ならば分かることだ。あの肉とその内臓たちの味わいを吸った野菜の美味を知るならば、それを米に置き換えたことでどうなるかなど想像するまでもないだろう。
当然ながら美味しいに決まっていた。満場一致でこれが一番美味い、とされたのも無理のないことである。
「………まあなんであれ、楽しんで貰えたなら良かったよ。あれこれと苦労した甲斐あった。
 ねえ、棗。唐突かも知れないけどさ」
「ん?どしたの、てんかくん」
「今年はいろいろあったけどさ。俺、こうやって棗とこんな風に一緒にクリスマスを迎えられて良かったなって、本当にそう思うよ」
俺はそういう風につい口にしてしまった。そのくらい多くの出来事が俺たちの間を駆け抜けていった。
聖杯戦争があった。互いに殺し、殺し合う。そういう経験があった。
そこで紡がれる物語は決して喚び出された英霊たちの間だけに留まらず、俺たち生きている人間の間も駆け抜けていった。
百合先輩の過去を知った。棗の秘密を知った。他にも円だとか黒瀬先生だとか、その他多くの人々の事情も知った。そして俺自身の真実も明らかになった。
こうしてサーヴァントすら誰ひとりとして欠けずに全てが終結しているのは何らかの奇跡が働いた結果に違いない。そうとしか思えない。
本当ならあり得ざる未来の中に今俺たちはいるのかもしれない。………だとしても構わない。俺がいるのが今ここなのは、間違いないことだ。
皿に付着していた泡を流して水切り台に置いた俺は次の皿が差し出されないことに気付いて棗の方を見た。洗剤をつけて洗う役割を担っていたはずの棗は皿ではなく俺を見つめていた。静かに。透き通るように。
穏やかに優しく微笑むままに、俺が担った役割を肯定するかのように、棗は柔らかく唇を緩めていた。
「うん、そだね。わたしも、あー………うん。そんな気がしてる。
 一歩間違えてたら取り返しのつかないことをしちゃってて、てんかくんと一緒にいられないようなことになってたかなぁ………って。
 だから、えと、えへへ。今は結構、幸せな気がするなぁ、って。そういう気がするよ」

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