kagemiya@なりきり

十影さんちの今日のごはん / 30

34 コメント
views
0 フォロー
30
「」んかくん 2020/12/26 (土) 01:15:39


「冷蔵庫に入ってますよ。牛乳に漬けて臭みも除いておきました。どうするんです?」
「玉ねぎとかニンニクとかセロリとかの香味野菜と一緒に全部刻んで炒めるの。で、お米とスープを投入して炊くわけ。要するに炊き込みご飯だね。本場は乾燥させたパンを使ってオーブンで焼き上げるんだけど、やっぱり私たちはなんだかんだで日本人でしょ?」
「言わんとするところは分かります。それにオーブンはターキーで埋まりますしね」
「私の家のオーブンにはこのサイズのターキーさえ収まらないよ………。十影くんの家のオーブンが大きなサイズで良かった。まあ、本場はこんなサイズじゃないんだろうけど」
百合先輩が視線を落として我が家のオーブンを羨望の眼差しで見つめた。
キッチン周りは俺がここに住むにあたって改装されシステムキッチンへと変わっていたので割と新しいのである。
ここだけに留まらず、我が洋館は当時の流姉さんが何処からか業者を呼んできてあちこちに手を入れたのだ。その中でもこのキッチンに関してはかなり重宝していた。
それにしても後で明細を見せてもらったのだが信じられないほど低価格だった。あの人の人脈は今現在も謎に包まれている。
そうしている内に溶かし終わったバターへ百合先輩が塩、胡椒、タイム、セージ、ローズマリー、それに電子レンジで温めて潰したニンニクを入れてよく混ぜ合わせた。
胡椒の黒やハーブの緑がぷかぷかと浮かぶ謎の液体の完成である。百合先輩はそれを料理用の刷毛を使ってターキーの表面へ塗りたくっていった。親の仇みたいに執拗に、べったりと。
「バターを塗るだけで美味しそうな気がしてくるんだから不思議ですね」
「オリーブオイルでもいいんだけどね。今回はバターで行こうよ。こんなの焼く機会が次にあるか分からないけど」
「また焼きますよ。来年も。だからクリスマスにはロンドンから帰ってきてくださいね」
特に意識したわけではない。自然に出た言葉だった。
季節は12月。あちらの入学は9月だから5ヶ月以上のブランクがあるわけだけれども、その間も百合先輩は向こうで過ごすらしい。世にも珍しい五大元素使いとして早くも現地では注目されているんだそうだ。
俺は来年度の卒業と同時に百合先輩の後を追って時計塔に行くわけだけれど、それでも1年は皆と離れ離れということになる。
自分でも驚くほど素直に寂しいという気持ちが浮かんでいた。百合先輩はそういう風に思わせる人だった。俺の言葉を耳にした百合先輩は一瞬ぽかんと小さく唇を開いて呆けたが、すぐに───。
「………考えとく。ふふ」
くすりと、ペチュニアの花のようにゆったりと微笑んだ。
「まあ、その次の年には君は付き人として私と一緒にロンドンでクリスマスを過ごすんだけどね?
 今日ほど料理をたくさん作らなくていいから、2年の間のトカゲくんの成長を是非見たいなー」
「し、修行しておきます。………それとトカゲじゃなくてトエイです」
なんて話をしている間に真っ白だったターキーの肉が黄金色の溶かしバターを纏って薄っすらと光沢を帯びるようになっていた。
ブライン液を作ったときの材料の余りを適当に内蔵の詰まっていた空洞へと放り込み、タコ糸と縫い針でしっかりと綴じる。首の穴も同様に。
百合先輩は更にタコ糸を抜き取り、手羽先や腿を縛ってターキーを成形していく。俺はその間にアルミホイルをカットしていた。ターキーが包めるくらい大きめに。
「さて………」
「はい………」
網の上に乗ったのは処理の終わったターキー。その上へヴェールを被せるようにアルミホイルで覆う。
準備の完了したターキーを前にして、またもや俺たちは腕組みして「ううン」と唸ってしまった。
「出来ちゃったね」
「出来ちゃいましたねぇ」
「後は焼くだけだね」
「焼くだけですねぇ」
やはり示し合わせもせず、銀色の包みとオーブンの間で視線を往復させてしまう。大丈夫なのか。焼けるのか。美味しく出来上がるのか。はっきり言って自信はない。
成否の鍵はオーブンの電子制御による加熱の調整具合が握っていた。魔術師にあるまじき堕落。最新………よりは数年遅れの科学に全てを委ねることになるのである。
慎重に網ごとターキーをオーブンへと近づけた俺は、蓋を開けて待っていた百合先輩の見守る中で祭壇へ供物を捧げる神官のように厳かにターキーを滑り込ませた。
蓋を閉じ、スイッチを入れる。薄ぼんやりとオーブン内で照らされるターキーを百合先輩とふたり、しゃがみ込んでじっと見つめた。
「美味しく出来るといいですね」
「手順は間違ってないはずだから大丈夫だと思うけどね………。あ、途中で出してアルミホイルを外してもう一度バターを塗ってね」
「分かりました。………さて」
やおら立ち上がった俺と百合先輩は、ゆっくりと振り返った。
クリスマスパーティである。俺と百合先輩に加えて、セイバーに棗に流姉さんといったいつものメンバーは勿論、ランサーやライダーといった普段は寄り付かないサーヴァントすら参加予定である。
なんなら呼んでいない客さえ想定される。現に俺と百合先輩の買い出し中、キャスターと遭遇した。あのチェシャ猫みたいな笑顔は絶対に来る気だぞ。黒瀬先生も連れて。
当然ながら、ターキー1羽を焼けばそれで全員分の胃を満たせるわけが無かった。
俺と百合先輩の視界の中で机の上の食材はまだ山のようにあった。百合先輩の目のハイライトが消えた。ような気がした。きっと俺の目のハイライトも消えただろう。
「………やろっか」
「やりますか………」
百合先輩は包丁を。俺は皮むき器を手にした。戦いのゴングが鳴る。古書店を畳んだら駆けつけるという棗の救援を待ってはいられない。
荒波へと船を進ませる漁師のような覚悟を胸に秘めて、俺はジャガイモを手に取った。横では百合先輩が包丁の腹でニンニクを叩き潰していた。

通報 ...