kagemiya@なりきり

十影さんちの今日のごはん / 29

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「」んかくん 2020/12/26 (土) 01:13:15


「さて」
「はい」
台所のふたりは示し合わせたわけでもなく腕組みして「ううン」と唸ってしまった。
まな板の上には普段調理している鶏肉がひよこに思えてくるような巨大な肉の塊が鎮座していた。
無論、鶏肉ではない。シチメンチョウ、即ち北米のお祝いの際の食べ物。ターキーである。目の前にすると凄い威圧感だ。これでも小さいサイズなのに。
「買っちゃったね」
「買っちゃいましたね」
妙な感慨に耽る俺と百合先輩である。クリスマスだしターキー焼こうぜ!と言い出したのは流姉さんなのだが例によって当人はいない。
わざわざ新都のデパートまで出向き、海外食品の取扱店で実際に見るターキーの大きさに首を傾げたのは俺たちなのだった。それが数日前のこと。
こうして冷蔵庫の中で解凍され、氷の塊から肉の塊になったターキーは不慣れな料理人たちへ重圧感を伴って伸し掛かろうとしていた。
「解凍したターキーはこれでもかと果物やらハーブやらを投入したブライン液に丸一日漬けてあります」
「流さんからバーボンを拝借して肉の臭み抜きや香り付けに用いるという案は成功のようですね」
「はい。ほのかに香るバーボンの香りが焼き上がりへ期待を感じさせますね」
何故かふたりとも敬語の説明口調だった。大きな肉を前にするとそれだけで何だかテンション上がってくるよな。
ちなみにブライン液というのは要するに塩水にあれこれ入れたものである。燻製するものを漬けたり、あと鶏の胸肉を焼く時も漬けておくとしっとりして美味しい。
「では試合開始です。実況は十影典河。解説は栗野百合さんです。よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします」
変なノリのままお互いにぺこりと一礼し、改めてターキーと向き合う。さて何処から手を付けたらいいんだ、これ。
「………俺、本当に取り扱うの初めてなんで頼りにしてますよ、先輩」
「私だって凄く久しぶりだよ十影くん。レシピ本なんて引っ張り出したのいつ以来か分からないもの。とにかく予習はしてきたから任せて。
 とりあえずオーブンの予熱を入れつつ布巾で表面の水分を拭って。特にお腹の中は念入りにね。パックに一緒に入ってた首の肉はどうした?」
「先輩に言われた通り昨日の晩に香味野菜と一緒に炊いてスープを作っておきました。そこの鍋に入ってます」
「よし、じゃあ私はスタッフィングをどうにかするから十影くんはターキーの方をよろしく」
そう告げて百合先輩は鍋の中の様子を伺った。
俺はオーブンのスイッチを入れて200度に設定するとキッチンペーパーを数枚手に取り、ターキーのぶよぶよとした皮からせっせと拭き始める。
黙ったまま作業をするというのも味気ない。続いてお米の計量を始めた百合先輩へと俺は話しかけた。
「スタッフィングって、確か腹の中に入れる詰め物のことですよね」
「そう。でも今回は詰めない」
「………詰めないのに詰め物なんですか?」
「十影くんなら分かるでしょ。中に何も詰まってない状態で焼くのと詰め物でぱんぱんに膨らませた状態で焼くの、どっちが火が通りやすい?」
言うまでもない。余計な詰め物なんて入っていればそれだけ中まで火は通らない。
それにね、と流しで米と一緒にもち米を洗い出した百合先輩は言った。
「詰め物って生肉の部分へ直に触れているわけでしょう?食中毒のリスクがあるのが私は気がかりだな。
 かといってきっちり火を通しすぎると今度は焼き過ぎになるし、詰め物が肉汁を吸っちゃって肉のほうがぱさぱさになっちゃうし。
 だいたいターキーの味を吸い込ませるならこれだけでも十分だよ。そのために昨日から指示してたってわけ」
ちょんちょんと人差し指でターキーの首肉で作ったスープを百合先輩は指差した。
なるほど、道理だ。ただでさえ慣れていないんだからなるべく成功の確率は高い方がいい。
火が通るか通らないかというリスクを払うくらいなら別々に作るくらいが美味しく出来るだろう。
「入れるなら林檎とかレモンとか、あとハーブとか、ブライン液を作るときの余りを香り付けでちょっと入れるくらいがいいんだよ。あ、拭けた?」
「はい。お腹の中まですっかりと」
「それならバターを溶かして。あとニンニクも。混ぜるハーブとかスパイスは私が用意するから、お願い」
溶かしバターか。湯煎で作ってもいいが、電子レンジでやっつけてしまっても大した違いはない。
冷蔵庫から予め百合先輩の指揮のもとスーパーで買っていた無塩バターの塊を取り出し、適当な大きさに切って塊を電子レンジへと突っ込んだ。
さすがに普段使う量より多くて20秒程度では溶け切らない。さらに10秒追加。
その間に百合先輩がうちのキッチンのラックからひょいひょいとスパイスの瓶を抜き取っていく。最早勝手知ったる何とやらだ。
さすがに俺には及ばないだろうが、ひょっとしたら一緒に住んでいるセイバーより我が家の物の配置を熟知しているかもしれない。
「スタッフィングの方はいいんですか?」
「お米の給水の時間は必要だから研いだけど、ターキーの焼き上がりを考えれば手を付けるにはまだちょっと早いからね。心臓とか砂肝とかレバーとか、一緒に入ってた内蔵は解凍終わってる?」

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