③
汲んだ水を百合先輩の寝室に置いてきた俺が次にしたこととは、栗野宅の冷蔵庫を拝見することだった。
「さて、何があるかな………」
なんだか百合先輩の日頃の食生活を覗いているようで少し気が引けるが、背に腹は代えられない。
冷蔵庫の中に入っている諸々をざっくり斜めに観察していく。するといろいろ使えそうな食材が目に留まっていった。
「生姜、青葱、卵、あと鳥のささみか………あんまり具を多くしすぎてもなんだしな………」
病人の喉を通るものだ。あまり刺激物を入れるわけにもいかないだろう。
この中でも生姜は是非使うべきだ。消化吸収促進や抗炎症作用など、これでもかと風邪に効く成分に満ちている。
万病の薬と崇められているのは伊達ではないのだ。俺も料理によく使うので我が家では欠片ではなく塊で常備されている。
「これだけあれば、あとは………あった!」
炊飯ジャーの蓋を開けて思わず笑みが零れた。炊けた白米がまだ残っている。
あの状態の百合先輩がそれほどたくさん食べるとも思えないからこれだけあれば十分だろう。
立て掛けてあったまな板を設置。シンク下の収納スペースの扉を開けると包丁を収めるスペースを発見したのでそこから包丁を抜き取った。
まずは小ぶりの鍋に水を注ぎ、火にかける。栗野宅は最近流行りのIHヒーターではなくうちと同じガスコンロだった。
沸騰するまでに食材の用意を進めていく。
生姜は微塵切り。青葱も微塵切り。それぞれ別の容器に取っておいておく。
ささみは白い筋の両側に包丁で切り込みを入れ、包丁の背でしごくようにして筋を取り除いておいた。
炊飯釜に残っていた白米を全部茶碗によそい、炊飯釜をシンクで洗っていると鍋がいい調子に泡を吹いてくる。
このお湯に早速白米を投入………するのではなく、まずささみをそっと投入した。一緒に塩をふたつまみほど加える。
病人にこのささみをそのままの大きさで食べさせるわけにはいかない。細かくして食べやすくする必要がある。
ささみを入れたら鍋の火を止め、5~6分ほど放置する。こうすることでささみが固くぱさぱさにならないのだ。
そうして置いておいたささみは時間になったら一旦取り出し、まな板の上で粗熱を取っておく。
茹で汁を捨て、再度水を鍋に注いで加熱する。本当はこの茹で汁も使いたいところだが、後で調味料を足すことを考えるとちょっとしょっぱすぎる。
沸騰したら鍋に白米を入れて煮る。その間に冷めたささみを手で出来るだけ細かく裂いていった。包丁で刻むよりこちらのほうが口当たりがいい。
白米が丁度いい塩梅に煮えてきたら、ここに刻んだ生姜とささみを加えて火を通す。
といっても生姜は刻んであるし、ささみは一度熱を通しているのでそれほど時間はかからない。
調味料用のラックに備えてあった鶏ガラスープの素を気持ち薄味程度に加えて味を整えたら、
「たったこれだけのことがなかなかどうして………いつまでたっても卵は難しいや」
溶いた卵を少しずつ鍋の中に回し入れていった。『の』の字を描くように細く注ぎ込むのがコツだ。
一気に注いでしまうと卵がふわふわに仕上がらないのでそれなりに注意を要求する工程である。
注いだ卵が固まってきたタイミングで再び残りの卵を注ぐ。これを溶き卵が無くなるまで繰り返し、無くなったら鍋の火を止める。
先程の茶碗に鍋の中身を盛ったら、刻み青葱を散らし、小さじ半分程度のごま油で香りをつければ―――