kagemiya@なりきり

十影さんちの今日のごはん / 24

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「」んかくん 2020/07/04 (土) 21:46:13


「―――で、これが思ったよりも固まらなくて結局口にできたのは帰る直前だったっけ」
キッチンに響くのは水栓から流れた水がシンクを打つ音だ。
それが断続的に途切れるのは棗がその水でジェラートを入れていた器を洗っているからだった。
俺は洗ったそばから手渡されるガラスの器をタオルで拭いて食器置きに引っ掛けていく。
話に相槌を打ちつつ、次の器を受け取ろうとして俺は横に立つ棗の方へ視線を向けた。
「そうそう。何度も取り出してかき混ぜすぎたとか、ガラスのボウルじゃなくてアルミのボウルにすればよかったとか。
 今から思うとよくもレシピ本でちょっと見かけただけのものを見切り発車で作ろうとしたもんだよ」
………視界の中の棗はあの頃の記憶の中の彼女よりいくらか大人びている。
身長はさほど伸びなかったが顔つきはほんの少しだけあどけない少女から女性のそれになった。
体つきに関しては………その、ある特定の部位がやたら育ったものだと思わないでもないが、男の俺からはノーコメントとしておこう。
「でも美味しかったよ、てんかくん。それはちゃんと覚えてる。
 凄くなめらかな舌触りでまるでお店で食べるのみたいだって思ったなぁ。
 あとガラスコップに入ったジェラートにいつの間にかチョコチップが混ぜてあって、なるべくスイカっぽくしようとしたんだなって」
「種っぽく見せようとしてね。今だったら容器も緑のものを選びたいな。
 まあ、わざわざスイカを買ってきてまで作らないと思うから………次があるとしたら流姉さんが持ち込んでくるもの次第かな。
 流姉さんが何を押し付けてくるかなんて予想するのは難しいけど」
くすくすとキッチンに俺と棗の笑声が溢れた。
同じように窓を開け放った縁側の方からも笑い声がここまで届いてくる。
流姉さんが持ってきた花火セットでセイバーたちが遊んでいるのだ。
スージィさんと今晩は出かけているニコーレがそれを知ったらきっと怒るだろう。私もやりたかったと。
内容物に打ち上げ花火があったので絶対ここで使わせないよう百合先輩には頼み込んでおいた。でないと流姉さんはノリで火をつけかねない。
そのくらいの大人としての常識はあると信じたいのだが、そのくらいの大人としての常識を無視しかねない怖さがあのドラゴンにはある。
5つ分の器の洗い物なんて終わるのはあっという間で、最後のそれを片付けると俺はエプロンを外してハンガーにかけた。
タオルで手を拭いながら、ひと仕事に付き合ってくれた棗に微笑みかける。
「よし、今日の洗い物は全部終わり。いつも手伝ってくれてありがとう、棗」
「いえいえ、どういたしまして。………さっきの流先生の話で思い出したけど、あの頃と比べるとてんかくんもいろいろ変わったね」
「ん、そうかな?人間的に成長できているってことなら嬉しいんだけど、自分じゃそんなに変わった気はしないな」
「そんなことないよ。ちゃんと笑うようになったもん。ほら、前は全然笑わなかったから」
そうだろうか。これについてもあまりきちんとした自覚はない。
当時の自分が特別に感情を戒めていたというつもりはない。ただ普通にしていた、それだけだ。
まあ、笑わない人間だと思われるよりは良いことだろう。棗からそう見えていたのなら尚更だ。
そんな話をしていたからか、ふと思い出したことがあった。ちょうど棗とふたりきりだったのもあり、特に深い考えもなく口にした。
「そういえば棗、あの時………ジェラートを仕込み終わった後だったかな。突然何かにびっくりしたような顔していたよね」
「………え」
「今だから聞くけど、あれは何だったの?」
途端に棗が硬直した。ぴくりと頬が強ばる。まさしくあの時みたいな驚いたような顔になった。
「い………いや~、そんなことあったっけ?もう覚えてなかったよ!ごめんね!」
「あ、うん?覚えていないなら仕方ないからいいんだけど。………どしたの?」
「なんでもない!なんでもないよ!あーっ、わたしも花火しに行こうかな!じゃあねてんかくん、後のことはよろしくね!」
よろしくも何も、ふたりで全部終わらせたばかりなのだが。
俺の横をすり抜けてあっという間に棗はセイバーたちの元へと早足で行ってしまった。
そうして首をかしげる俺の耳には、棗が誰にも聞こえないように呟いた言葉はやはり聞こえることはなかったのだった。

「その全然笑わないあの時のてんかくんが急に笑ったからびっくりするやらどきどきするやらしたんだよ!………もぉ!」

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