④
「あの………」
背後から投げかけられるおずおずとした声。姿勢そのままで顔だけ振り返った。
棗がそこに立って、じっと俺のことを見上げていた。表情には少しだけ緊張の香りがある。
「てんかくん、何か………手伝おうか?」
「………」
これがきっと棗以外の誰かなら『俺がやるからいいよ』と口にしていただろう。
ずっと他人の手で生かされ続けてきた命だ。自分で出来ることはせめて自分だけで完結させたいというのは常に抱く思いだった。
だが棗は少しだけ例外だった。流姉さんの勧めを押し切って一人暮らしを始めてから、ちょくちょくこうして共に食卓を囲む彼女は。
流姉さんのかつての言葉が俺の頭の中でリフレインする。
『てんちゃんもにぶちんね~。そういうときはね、"手伝おうか"って聞いてるんじゃなくて"手伝いたいです"って言ってるのよ』
………なお、流姉さんは別の意味で頼れない。味見せずにいい加減に作ろうとする流姉さんが携わると謎料理が出来上がってしまう。
俺は生クリームの入ったパックを取り出しながら、棗に言った。
「じゃあ、お願いしていいかな」
「………!うん、任せて!」
そう答えながら棗が嬉しそうに笑ったことに内心首を傾げつつ1歩寄って棗が作業するためのスペースを空けた。
収納スペースからボウルを2つ取り出してキッチンへ並べながら、同時に棗へ指示を出した。
「そのスイカ、実を削いで皮と分けたら綺麗に種を取って。そしたら、ハンドプロセッサーがあるからボウルの中でピューレにしてね」
「う、うん。分かったよ、始めるね」
頷いた棗は包丁を手に取ると、スムーズな動きでスイカの実と皮の境目に刃を入れだした。
棗も俺と同じように中学生の身でありながら一人暮らしをしている身だ。自炊の心得があるのは俺も知っている。
なので特に心配もなく、作業を棗に任せて俺は計量器を取り出した。
まず卵を割って黄身だけ取り出し、もうひとつのボウルの中へ。泡立て器の先端で突いて割っておく。
そこへ牛乳、グラニュー糖、生クリームを次々に計量して注ぎ込んだ。
通常の調理はともかくとして製菓は分量計算が命だという。あまり生活の中でお菓子を作る習慣はないが、ここは従っておこう。
ムラが無くなるよう泡立て器で丁寧にかき混ぜている間に隣でハンドプロセッサーがモーター音を立て始めていた。
「もう皮も種も取り終わったのか。相変わらず早いね」
「こういう手先だけ見つめて集中する作業って得意なんだよね。こんな感じでどうかな?」
ブレードによって撹拌され、ドロドロの赤い液体になったスイカの入ったボウルを棗が差し出してくる。
計量器に乗せて測ってみた。多少分量を調節する必要があるかと思っていたが、小ぶりだったぶんこれ全部でちょうどいいくらいの量だ。
「うん。大丈夫だ。さて、これとこれを全部混ぜて………と」
スイカを俺がかき混ぜていた混合液の入ったボウルへ全て注ぎ込んだ。棗が使っていたハンドプロセッサーでしっかり混ぜ合わせる。
真っ赤だったスイカのピューレがあっという間に薄いピンク色の液体に変わっていく様を横から棗がしげしげと見つめていた。