①
「あっつー………あつーい………なんだってこう暑いのかしらね………」
庭に面する縁側からやたら気怠げな声が上がった。
大窓を全て開け放った縁側の縁へだらしなく足を放り出して腰掛けているのは我らが流姉さんである。
今にも縁側へ伸びてしまいそうな流姉さんを2年くらい前の納涼祭の日付がプリントされた団扇が隣から風を送っていた。
送風機と化したセイバーは何も羽織らないキャミソール姿だ。剥き出しの鎖骨とか肩とか首筋とか、たまに視線のやり場に困る。
「ですがリュウ。今宵は風も吹いています。涼を取るには十分では?」
「いっつも涼し気な顔をしてるセイバーちゃんが言っても納得できなーい。
だいたいこの家はてんちゃんの健康志向でなかなか冷房つけたがらないじゃない。みんな身体が慣れてるから平気なのよ。
あたしゃ1日中ガンガン冷房かかった病院で仕事してるのよ?暑さに弱くなるのは不可抗力ってものよ」
「同意しかねますね流さん。私だって労働環境は似たようなものですけどこのくらい平気ですよ?
夏場は室内も強めに冷房かけておかないと花なんてすぐ萎れてしまいますからね」
同じように縁側に座り、指で摘んだ線香花火がまばゆく火花を散らす様を見ていた百合先輩がにやりと笑った。
実際『クリノス=アマラントス』の店内はいつも涼しい。いや寒い。お花様に人間のほうが快適温度を合わせるのである。
ちょっと心配になるくらいなので百合先輩は我が家では是非人間にとって快適に過ごしてほしいものだ。
なかなか同意を得られないことにが不服なのか、流姉さんはこの縁側に並んで座る最後のひとりに狙いを定めた。
「なっつんはどう?あたしがぶーぶー文句を言っても許されるくらい暑いと思わない?
歯止めのかからない地球温暖化と日本の亜熱帯化に警鐘を鳴らしたくならない?今すぐこのリビングに冷房を効かせるべきだと決意しない?」
「えっ!?けほっこほっ………えっと、どうなんでしょう?」
急に話を振られた棗はちょうどお盆の上でびっしりと汗をかいていた麦茶のグラスを煽っていた。
話が自分に向いてくるとは考えていなかったらしい。少し噎せてから慎重にお盆の上にグラスを戻し、困ったように微笑んだ。
「ここのリビングは広いですし、今から窓を閉めて空調入れても涼しくなるのはだいぶ後………だと思いますよ」
「え~、でも~、だって~」
いい歳しておきながら全く困ったものである。
構ってほしくて本人も実はどうでもいいと思っているだろう話題を回すあのドラゴンをいい加減止めておかなければならない。
キッチンで作業していた俺は5人分の器とスプーンを乗せたお盆を抱えて、縁側で涼んでいる女性陣へと歩み寄った。