④
「………へえ」
食卓の席にちょこんと腰掛けていたニコーレは目の前に置かれた丼に視線を落としてじっと見つめた。
「というわけで今日の昼食はマグロとアボカドの丼飯です。食器は箸でもスプーンでも好きな方を使って、どうぞ召し上がれ」
テーブルの上には丼が3つ。俺とセイバーとニコーレのぶん。実にシンプルな昼食である。
とはいえ彩りに関しては申し分ない。曰く、料理は赤・黄・緑の三色が揃っていると美味しく見えるそうだ。
その点これはマグロの赤、黄身の黄、アボカドの緑と完全に取り揃えている。手軽でありながら出来のいい料理だった。
「ふーん。あの紅い身の生魚がこうなったわけね。それじゃ、いただきます」
ニコーレはスプーンを手に取ると丼に突っ込んで掬い上げる。
マグロとアボカド、そして酢飯が乗ったスプーンがニコーレの小さな口に吸い込まれていった。
直後、驚く前に口元に手を遣ったのはお嬢様らしい高貴な仕草………なんだろうと思う。少なくともそう見えた。
「………美味しい。生の魚なのに生き物の臭みがまるで無いわ。
ただひたすらに旨味がずしりと舌へ乗り上げてきて………いっそ暴力的ですらあるわね」
「マグロは生で食べるのが美味しいからね。半端に熱を通しちゃうと途端に食感がぼそぼそしちゃって、なかなか扱いが難しいんだけど」
「うん。それにこの果実のねっとりとした食感とコクがそれをなおさら引き立てている。
そこに卵の黄身までもが加われば………テンカ、今日も君の作る食事は私を満足させてやまない」
そう評しつつ、セイバーは美味しいものを食べる時に浮かべるあのふわふわした笑顔を浮かべていた。
こちらは箸を器用に使って丼の中身を口に運んでいる。動かし方は非の打ち所がない。
サーヴァントが聖杯から与えられるという知識は箸の使い方まで教えてくれるのだろうか、彼女が箸の扱いに困っていたところを見た覚えはない。
まあ、なんでも天才肌を発揮してこなしてしまうセイバーのことだから独学で習得してしまったのかもしれないけれど。
「七味とかわさびとか加えればこれはこれで引き締まった味になるんだけど、ニコーレが苦手だからね。
そこは個々人でお好きなように、ってことで。このままでも美味しいでしょう?」
「ええ!今のままでも十分美味しいわ、むしろこのままが好きよ。
魚を生のまま食べるという文化も悪くないものね………スーにも作らせてみようかしら」
「いやそれは………どうだろ」
にこにこと満足げな笑みで丼の中身を頬張るニコーレには悪いが、あの女執事さんがこの飯を食べたら何と言うことやら。
最悪『何というものをお嬢様の口にさせて!』と怒られるかも。いや怒られないかな。分からない。
よほど舌に馴染んだのか早くも丼の半分ほどを平らげたニコーレがどことなく幸福そうな雰囲気で微笑んだ。
「ふむ。朝からトエーとデートをして、お昼は魅力的な食事。その上夜は豪勢な肉料理だったかしら?ご機嫌な一日ね」
「………デート?」
耳にした途端、丼の中身を脇目も振らずに口にしていたセイバーの顔がすっと持ち上がった。
聞き捨てならぬとじっと俺を見つめるその青い視線に感情の色が見当たらない。それが逆に怖い。
「確か今日は通院とのことだったががやけに早い時間帯から行くのだなと不思議に思ってたんだ」
「ち、違っ。それは流姉さんの部屋の片付け、ニコはその応援をしてくれたってだけで!」
「テンカ。そのような言い訳をしなくてもいい。テンカとニコーレはいわば魔術にあっては弟子と師という関係だ。
多少親密であっても私から異論はない。異論はな。………ふーん………ふたりで………ふーん………」
まるで低温調理されるみたいにじっくりとセイバーの生暖かい眼差しで熱を通されつつある俺が慌ててニコーレを見る。
丼にスプーンを入れて口に頬張っていたニコーレは、俺の視線に気づくと小さく笑った。
「ふふっ」
外見相応でも、実年齢相応でもない。はにかんだような、軽やかで可愛らしい笑顔だった。