kagemiya@なりきり

十影さんちの今日のごはん / 16

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「」んかくん 2020/06/30 (火) 21:01:47


せっかく新土夏まで来たのでショッピングモール・アトムで買い物を済ませることにした。
餌を探す回遊魚のように生鮮食品のコーナーを漫然と眺めながらゆっくりと歩く。
昼と夜の献立を思案していたところ、その小さな体躯で何かを抱えたニコーレが俺のところまで帰ってきた。
「体調が良くなってる、か。まぁ、リュウはもちろんいくら高名な医者だろうと魔導に通じていなければ原因は分からないでしょうね」
そう呟きながらニコーレは俺が押すカートの買い物かごへ何やら積み上げた。瓶詰めのやたら高そうな果物ジュースだ。何の躊躇いもない。
買うのも俺なら持って帰るのも俺なのだが、そんな些末なことは俺がやって当然という顔をするのがニコーレである。
師匠の身の回りの世話を弟子が行うのは当然という論法らしい。そう言われては何も言い返せない。魔術師の上下関係は厳しいようだ。
「仕方ないよ。流姉さんはただの内科医だ。魔術の世界とは全然関係ない人だもの」
「そうね。少しでも知識があればトエーが『毎日致死量の猛毒とそれを中和しきる薬を一緒にがぶ飲みしてたようなもの』って分かるんでしょうけど」
ニコーレの乱暴な例え方につい押し黙ってしまう。
ニコーレや百合先輩にも散々言われたことではあるのだが、未だに実感は無い。生まれたときからの付き合いだからだろう。
より正確に言えば、こうして聖杯戦争が終わってようやく落ち着いて振り返ることが出来るようになったといったところだ。
俺の顔を見上げるニコーレがひときわ真面目な顔になって言った。
「何度も言うけれどトエーの調子が今いいのは自分の能力に自覚的になって研ぎ澄ませようとし始めたからよ。
 自分の体が大事ならこれからも努力を怠らずきちんと修行に励みなさい。いいわね」
「分かってますよ、ニコ先生。自分のことだからね。気をつける。
 とはいえ、今悩みたいのは魔術よりも昼飯と夕飯のことなんだよね………」
とりあえずここまでに常備の野菜、キャベツだとか玉ねぎだとかは買い物かごに放り込んだ。
が、そこからが定まらない。パック詰めされた真っ赤な肉たちがずらりと並ぶ肉類のコーナーでつい考え込んでしまった。
「それって献立の話?リュウは夕飯は肉がいいって言ってたわね」
「ああ、そっちはせっかく追加予算もあるしステーキ焼くかトンカツ揚げるかでいいかなと思ってるんだけど………。
 お昼はどうしたものかな。ニコは何か食べたいものとかある?」
「私?そうね………」
生鮮食品たちを物色しながらてくてく歩くニコーレの後をカートを押しながらゆっくりついていく。
特注のビスクドールみたいに整った容姿をした少女であるニコーレはこの土夏市では否応なしに人目を引く存在だが、周囲の視線などお構いなしだ。
訂正。少女と呼ぶべき実年齢ではないが少なくとも見た目は少女だ。閑話休題。
そんなわけでニコーレは外見と年齢の乖離が激しいのだが、目の前のどことなく弾んだ足取りは何故か子供っぽくはしゃいでいるふうにも見えた。
「そういえばこの前の生魚のスライスは驚いたけれど美味しかったわね。確か刺し身だったかしら。………まぁ、変な顔」
そう言って鮮魚コーナーの細かく砕けた氷の上に置かれた魚とにらめっこをしている。
共に暮らしだしてよくよく思い知ったのだが、ニコーレはちょっとびっくりするくらい世間知らずのお嬢様だ。
うちの部屋に居座るまでこんなスーパーなんて足を踏み入れたことは無かったというし、日本食、まして生魚なんてもってのほか。
日本食ブームの昨今、意外だと思いきや魔術師の間ではこういうのは常に一定層いるんだとか。まことに複雑怪奇なのである。
そんなニコーレなのだが最近彼女が好む味の傾向は掴めつつあった。
かなりはっきりした味の方が美味しいと言う。薄味や刺激物といったものにはあまり興味を示さない。
要するに味覚に関しては外見相応に子供舌なのだった。指摘したらきっと怒るから言わないけれど。
刺し身だって美味そうにぱくついていたのは白身魚ではなくサーモンだ。きっと鰹にマヨネーズ塗っても大喜びするはず。
「しかし、そっか。生の魚に苦手意識は無いんだよな………。だったら………」
「何か言った?トエー」
ぶつぶつと口にした俺の独り言を聞きつけてニコーレがきょとんとした顔をした。
後ろに注意しながらカートをバック。鮮魚を水揚げされたまんまで並べてある一角から加工済みの切り身をパッキングしたコーナーへ。
陳列されてあれば御の字といったところだけれど………と、探すまでもなくそれは目立つところに置いてあった。
「決まり。ニコ、今日のお昼は魚にしよう。それも火を通さない、生のやつ」
「生?なら刺し身ってことかしら?」
刺し身はどうやら悪くない記憶にカテゴリされているらしく、きらりとニコーレは期待で瞳を輝かせた。
しかし俺はその眼差しに対して首を横に振りつつ、マグロの色艶美しい赤身の柵をむんずと掴み取るのだった。

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