③
「………ほう。猪の肉だな」
俺がキッチンで貰ったものを整理しているとひょっこりとセイバーが側に現れた。
しげしげと俺の手元を見つめるセイバーの出で立ちはパーカーにショートパンツというラフなもの。言うまでもなく部屋着である。
顕になっているしなやかな脚や緩い襟元から覗く細いうなじが目に入ると時折どきりとしてしまうのはここだけの話。
今日はみんな留守にしているからお昼はセイバーと二人きりだ。
「分かるのか?セイバー」
「かつてはよく食べた。旅の間や遠征中の現地調達でね。森の中に分け入って獣を狩って捌いたものだ。
私は円卓の騎士としては外遊が多かったから野営する機会も多かったんだよ。
大抵は骨付きのまま焼くか茹でるか、保存用に燻すかしかしなかったからこんなに丁寧に扱ったりはしなかったけれどもね」
真空パックを物珍しそうに手にとって眺めるセイバー。
肉を長く食べられるようにするといえば専ら燻製するか塩漬けにする時代の人だから真空パックがよほど不思議なのだろう。
「しかしこの時代では一般的に取り扱われているのは猪ではなく豚の肉だ。
猪の肉は召喚されてから終ぞ食べたことがない。テンカ、これはどうしたんだ?」
「円が寺から分けてくれたんだ。畑の野菜を食べる害獣をとっ捕まえて肉にしたからお裾分けだってさ」
「なるほど。畑荒らしか」
合点がいったとばかりにセイバーは頷いた。
と、その時である。きゅるるる、と何やら可愛らしい唸り声がその場に響いた。
これがきっと俺が発信源ならばセイバーに恥をかかせずに済んだのだが、生憎と俺の肉体は何の音も発していない。
さすがに真空パックたちを整理していた俺の手もぴたりと止まったが、俺の相棒はそれどころではない凍りつき方をしていた。
ちらっと隣の様子を伺ってみる。………まあ、概ね予想通りだ。
ここには頬を熟した林檎のように赤く染めて俯きもじもじとしているセイバー以外、そんな風に腹の虫を鳴かせる人間はいなかった。
桜色の唇が震え、何やらごにょごにょと呟き出した。
「………ひ、久々に猪の肉を見て、昔日の味を思い出して………その、なんだ………」
「OK。今日はこいつを使って昼飯にしよう。
とはいっても全部は食べられやしないから、こっちはみんながいる時に牡丹鍋にでもすることにして一旦冷凍だね。
今から使うのは、こっち」
引き出しから取り出した調理用ハサミで真空パックを裂いたのは、スライスされてある方ではなくブロック肉が豪快に収められている方。
なかなか重量感のあるそれをまな板の上にずしりと安置させた頃、ようやく機能不全からセイバーは戻ってきた。
「それは………燻製肉か?」
「ベーコンも燻製して作るから、まあそういうことになるね。今日はこれでサンドイッチを作ります」
エプロンを装着して腕まくりすると早速調理を開始した。まずはベーコンをスライスして必要な分だけ切り出す。
今日はセイバーと俺のふたりだから二人分。せっかくだから気持ち多めに。
手持ち無沙汰にその作業を見ていたセイバーがふとこんなことを尋ねてきた。
「テンカ。こうして見ているだけというのもなんだ。私ができることがあれば手伝わせてくれ」
「ありがとう。それじゃ冷蔵庫からレタスを出して1枚ずつ洗ってからキッチンペーパーで水気を拭ってくれ。
使いかけがビニール袋に包んであるからそれを取り出してね。使い切れるくらいの量だから全部拭いてくれていい」
「分かった。任せておけ」