②
ようやく俺にもこの保冷バッグの中身の正体が分かってきた。お察しの通りという顔をしながら円は話を続けた。
「食害が看過し得ぬ段階に至ってな。だいぶ荒らされてしまった。
檀家のひとりに専門家がいてその方に駆除をご依頼したところ、先日駆除した獣の肉をご厚意でいただくことになったわけだ。
寺とはいえ食肉を禁じているわけではないのだがなんせ量が多い。冷凍庫の肥やしにしてしまうよりは綺麗に食べてしまったほうがこの獣の御霊も浮かばれよう。
というわけで、無理にとは言わないが貰ってくれるとありがたい」
「ふーん………ま、そういうことなら遠慮なく。ありがとう」
さして断る理由もない。円がそう言うのならばきっとそうなのだ。
差し出される保冷バッグをむんずと掴んでママチャリの籠へと押し込んだ。
いわゆるジビエの肉なんて初めて調理するが、まぁなんとかなるだろう。困ったらインターネットという文明の利器を利用しよう。
命を絶った後の処理の仕方で臭みが随分変わるというから狩ったという檀家さんの腕前を信じたいところである。
「わざわざ呼びつけて悪かった典河」
「電話でも言ったけど気にしないでよ。もともとこっちに用事があったんだ。その帰りなんだから何も不都合しちゃないよ。
むしろこんな珍しいものを貰っちゃって悪い気がするくらいだ。お父さんによろしくな。………何かお礼が出来ればいいんだけど」
「父のことならいい。平素よりあまり肉類は口にされない方だから、うちでは内心一番お喜びだろう。
………そうだな。それでも強いて言うのであれば」
と。円は普段通りの落ち着いた表情でぽつりと言った。
「そのうち弁当を馳走して貰えれば嬉しく思う。お前の作るあの味をまた口にしたいものだ」
「いいけど、その程度なら言ってくれればいつでも作るぞ?」
「気持ちはありがたいが遠慮しておこう。一度理由なく受け取ってしまえば切りが無くなりそうだ」
確か文化祭前の委員会活動で円が遅くまで学校に残っていた時一度差し入れたことがあったっけか。
あんな前のことをよく覚えていたものだ。そんなに気に入ってくれていたのなら作り手の冥利に尽きる話である。
悪くない気分でママチャリのペダルに足を引っ掛けながら俺はハンドルを握った。
「分かったよ。それじゃ休み明けにでも用意してくる。またな、円」
「ああ。気をつけて帰れ典河。近頃は朝夜もめっきり冷え込む。体調には気をつけるのだぞ」
この秋にとうとう保険委員会長にまで昇りつめた男のありがたい気遣いへ手を振って、俺はペダルを押し込んだ。
晩秋の涼しい空気の中を自転車駆って家路へと急ぐ。太陽は中天へと差し掛かり、お昼時を示そうとしていた。