①
ここで待っていてくれ。
そう円が言うから俺は松原寺の山門へと続く長い石段の麓でぼんやりとしていた。
石段を延々と囲む生い茂った木々のお陰でここは日陰になっていて、だいぶ秋も深まってきたこの時期だとやや肌寒い。
そうやってママチャリのサドルに尻と体重を預けたまま待つこと10分だか15分だか。
石段を軽く駆け足で降りてきた円の荷物に俺は首を傾げることになった。
「面目ない。待たせた」
「………なにそれ?」
円が持ってきたのは一抱えの保冷バッグ。飾り気のない真っ青な色のやつである。
百聞は一見に如かず、と円がその保冷バッグのチャックを開けて中身をこちらへと見せてきた。
その中身を見てさらに俺は漫画的表現に依るところの疑問符を頭上へ浮かべることになるのであった。
「え………肉………?」
「端的に言えばそうなるか」
円がいつもの仏頂面で小さく頷く。
まさか寺の子がこんなものを手渡してくるなんて思いもしなかったのでつい思考が停止してしまった。
保冷バッグの中にはいくつかの保冷剤と一緒に鮮やかな牡丹色をした肉が真空パックに詰められて放り込まれていた。
どうやら既に加工済みらしく、肉はスライスされた状態で並べられ平べったい板切れのようになっている。
なんとなく豚肉っぽい印象も受けたが、家畜のそれとは違う脂の付き方が違和感を俺へ与えていた。
「お前が渡したかったものってこれか………?いや、まあ、肉をくれるというのはありがたい話だけどさ。なんでまた」
「言わんとするところは分からないでもない。坊主の息子が贈呈する品としては少々生臭さが過ぎるのではないかということだろう」
「そこまでは言わないけど驚いたのは確かだよ」
ふむ、と円が軽く一呼吸置く。さてどこから説明したものだか、と見当を付けているように見えた。
だが円の頭の回転は早い。黙っていたのは一瞬だ。保冷バッグの口を閉じながら円はすらすらと理由の説明を始めた。
「私の父が境内の隣りにある畑で菜園を営んでいることは知っているな。まあ、元を正せば以前の住職が拓いた畑なのだが」
「それは知っているよ。ありがたいことに何度かおすそ分けしてもらってるしな」
たまに円は俺へ菜園で採れたという野菜を分けてくれる。毎度結構な量があるのだがうちは健啖家が多いのであっという間に消費されるのだった。
前回貰ったトマトとジャガイモは我が家で立派に野菜カレーとなりました。大変美味しゅうございました。
「御仏の加護に依るものか今年は豊作だったわけだが、秋の実りを甘受せんとするのは決して人間だけではないのだ。
山の獣もまた厳しい冬を乗り越えるため多くの糧を欲している。生きるため人の田畑を食い荒らすのは罪ではないが、人間にとっての不都合でもある」
「あー………なるほど、そういうことか………」