②
「………サーヴァント………」
「せぇかぁい。すぐバレるだろうしクラスまではサービスしてあげようかな。キャスターのサーヴァントだよ。セイバーのマスターくん」
「………2日前、大橋のところで………」
「あは、よく覚えてたねぇ。えらいえらい。ま、あの時は私にとっても偶然の遭遇だったけどね」
キャスターの腕が伸び、わざとらしく俺の頭をやんわりと撫でる。
身体を引きたくても、腕も足も全く動かず首すら満足に回せないのでは抵抗することなく受け入れるほかない。
相手はサーヴァント。その気になれば今こうして頭を撫でている腕ひとつで俺の命を奪えるだろう。
怖気に身を震わせながら呂律の回らない舌へなんとか鞭を打ち、少しでも情報を引き出そうと俺は会話を重ねようとした。
「………マスターと分かっているなら………どうして俺を殺さないんだ」
「うん?だっていきなり殺してしまっては魔力を吸い上げられないじゃないか。非効率的でしょ?
それに、君はあの花屋のお嬢ちゃんともマスターとして仲良くしているみたいじゃないか。
君を人質に取ればセイバーはもちろんあの子たちも愉快に踊ってくれそうだからね。私の巣までご招待出来れば、後は煮るなり焼くなり………」
………腑抜けた肉体でもなお、噛み締めた奥歯はぎりりと鳴った。
ダメだ。それだけはダメだ。俺は今、セイバーたちの厄介な荷物になっている。それは認められない。
彼らに助けられるだけの、面倒を見られるだけの存在になるのは例え死んでも御免だ。
きっと睨みつけた俺の視線を受けて、キャスターはぺろりとその潤んだ唇を舐めた。
「いいね。そういう顔。すごくいいよ。私は人がそうやって嫌がる顔を見るのが………おや?」
急にきょとんとした顔をキャスターがした。
ただでさえ近かった距離をさらに詰めてくる。もう互いの呼吸が感じられそうなくらい顔と顔が接近した。
きらきらと炎のように光る瞳が俺の顔を擦り上げるようにじっくりと見つめてくる。顔つきは真剣そのものだ。
「な………何だよ」
「君………こうしてよくよく見てみたら、ずいぶん可愛い顔をしてるねぇ。顔だけなら割と、いや、かなり好みかな」
キャスターはチェシャ猫のようににんまりと笑った。
まるで頬ずりをするように吊り下げられたままの俺の身体に身を寄せ、耳打ちする距離まで口を俺の耳に近づける。
「どうかな。私のおもちゃになってみる?セイバーのマスターなんてやめちゃってさ」
「っ!?」
敵のサーヴァントだと分かってはいても、その糖蜜を溶かし込んだような甘ったるい囁き声が耳朶を打つと生命として自動的に心臓が高鳴った。
思わず顔に血が上るのがはっきりと感じられた。顔が動かせないのでキャスターの表情を伺うことも出来ない。
ただ、キャスターの菫色の髪とその香りが鼻先をくすぐった。
くつ、くつ、くつ。キャスターの面白おかしそうな笑い声が鼓膜のすぐ近くで響く。
それは巣にかかった哀れな犠牲者を前にして舌鼓を打つ蜘蛛そのものの笑声だった。