①
ひどく古びた様子の部屋だった。元は………何の部屋だったのだろう。
置いてあるというよりは放置されているという風の棚たちにより辛うじてかつて何かの商店だったのは分かる。
それとこうして部屋の真ん中で立った姿でいるのに2本の足で自重を支えている感覚がない。
操り人形にでもなったように身体が吊り下げられているみたいだ。
くらくらする頭をなんとか回して空中に浮いている右腕を見ると、腕へ無数にか細い糸が絡みついているのが見えた。
腕を動かして断ち切ろうとするが、見た目の頼りなさに反してまるでワイヤーのようにびくともしない。
こうなっている原因は判断つかないが、自分の置かれている現状はようやく知ることが出来た。
体中を釣り糸みたいな細い糸で縛り上げられて、どこか知らない部屋に拘束されている。
―――まるで蜘蛛の巣にかかった獲物のように。
「ああ、だめだめ。あんまり無理に動くと身体が千切れちゃうよ。
まあ………まだしばらくは私の毒で満足に動けないだろうけどさ。ディオニュソスと飲み比べしたみたいでしょ?」
俺に声がかけられたのはそこまで合点がいった時だった。
かつ、かつ。わざとゆっくり歩いているかのような歩調で後ろから足音が響いてくる。
ぞくりと背筋に悪寒が走った。深夜のラジオから響いてくる女性DJみたいな、べったりと甘ったるい声音。
でも親愛のような感情はその中に一切ない。鈍い思考でも敵だと即座に確信出来た。
やがて、声の主は俺の右側面から持ち上げられている俺の腕を潜るようにして俺の前に姿を表した。
「………あな、たは………―――」
「不用心だなぁ。あんなところをひとりで歩いているからこういうことになるのさ。
もっとも、君程度のレベルの魔術師なら自分の陣地にいようが造作もなかったけれどね」
声の主の顔は、声音と同じように甘い微笑みで彩られていた。
窓から差し込む月光が彼女の豊かな髪を照らしていた。青………というよりは紫。菫色とでも言うべきか。
彼女が羽織っている修道士のようなローブへその長い髪が滝のように滑り落ちている。
穏やかに三日月を描く唇は潤いに富んでいてひどく蠱惑的だ。あの甘い声が発せられている口と言われても頷けた。
その髪と顔立ちでも美しい女性だったが、こうして間近でその顔を見ると最も印象的なのはやはりその瞳だった。
ルビーを削り出したかのように爛々と輝く真っ赤な虹彩が、怪しい光を湛えて俺を品定めしている。
それで思い出した。2日前、雨が降る中ですれ違ったフード姿。一瞬だけ交錯し合った視線。
あの時はレインコートだと思っていたけれど、あれはそうではなくて………。