思った以上に殺風景な部屋だな、と真っ先にセイバーは思った。
館の拵えは美しく、隅々まで清掃は行き届き、温室に満ちる花々は艶やかで。
それら全てを典河が管理しているというのに、素の彼自身が表現されるだろう典河の自室には驚くほど私物が少ない。
ベッド。机。おそらく学業に関する書籍が納められた小さな本棚。
他にはなにもない。典河の人となりを示しそうなものは、何も。
まるで死期を迎えた人間が身辺整理をした後のような希薄な部屋だと、ふと直感的に感じた。
「あの………セイバー?一応用意したけど………本当にここで寝るのか?」
渋々と言った調子で話しかけられ、セイバーはそちらに意識を移した。
就寝用の簡素な服装に着替えた典河が戸惑いの感情を顔に浮かべながらこちらを見ている。
「はい。本来ならば眠る必要もないのですが、この部屋で私が起きたまま見張っているのが居心地悪いというのならば仕方ない。
睡眠を取ることでこの霊基の消耗が防げるというのも間違ってはいないことですし、妥協しましょう」
「………他の部屋で寝るというのは妥協できないところなんだね………。
分かったよ。押し問答してたら朝が来ちまいそうだ。じゃ、こっちを使ってくれ」
部屋の電気を消すと、ベッドの横に敷かれたマットレスの上へ典河は横たわろうとする。
セイバーの眉がぴくりと動いた。
「お待ち下さい。何故あなたがそちらを使うのです?
主はあなた、仕えるのは私だ。本来の寝台を使うのがあなたであるべきというのは論を俟たないことでしょう」
「何言ってるんだ。いくらサーヴァントだなんだと言われてもセイバーは女の子だ。
硬いマットレスなんて使わせられないよ。遠慮しなくていいからそっちを使ってくれ」
「女の子………っ、またあなたはそう言って!」
「あ、匂いとか気になるならシーツとか全部替えたから、安心して」
「そういう意味ではない!」
ぷりぷりと言葉を荒げるセイバーへ典河はマットレスの上に腰を下ろしながら困った顔をした。
正確には照明の落ちた部屋では典河はセイバーの顔は見えなかったが、夜目の利くセイバーにはその表情がはっきりと読み取れた。
「頼むよ。ここはマスターとサーヴァントじゃなくて家主の願いだと思ってくれ。
ここに泊まるって人に不便をさせたら、逆にこっちが遠慮してしまうんだ。それとも俺を守るのにこの配置は不合理なのか?」
「む………確かに、家主の言葉とあれば来客を出来る限り饗すのは道理。
そして眠るのが上だろうと下だろうと支障はありません。………分かりました。あなたがそこまで言うのであれば」
釈然としない思いを抱えながらも、セイバーはようやくといった様子でマットレスに転がる主を跨がないようにしてベッドへと移動する。
腰を下ろすと適度な反発力でセイバーの体重を分散させた。生前に横たわった寝台とは掛け離れた心地よさに、ほうと溜息が出た。
「………じゃ、おやすみ。セイバー」
「………はい。おやすみなさい、マスター」
7月ともなるとさすがに布団では暑苦しく、微かに冷房の効いた部屋でタオルケットに包まって典河は横になる。
その横顔をセイバーはまだ横たわらずにベッドに腰掛けたまま暫し見つめた。
美しい少年だ。ともすれば少女に見紛うほど。かつての同胞たちもその容姿端麗ぶりを吟遊詩人たちに詠われたものだが、それに負けず劣らない。
しかしその整った顔立ちが儚さとして感じられてなおさらセイバーの胸中を騒がせるのだった。
『マスター!!あなたは何をやっているんだ!!あのまま死ぬつもりだったのか!?』
マスターに向けて思わず叫んだ言葉を反芻する。まだ召喚されて数日と経っていないのに凄まじい勢いで事態は変転した。
突然敵前へと身を曝け出したマスターを見たときの感情は筆舌に尽くしがたい。
当然怒りもあるが………何が彼をそこまで突き動かすのかという疑問もふつふつと湧く。
もしそれが、彼の中で自分の命の保全よりも己の存在の保護に優先事項の比重が上回っていたのならば。
それはなんて、希い命―――………
「………俺、こんなふうに誰かと並んで一緒に眠るの、久しぶりだ」
ぽつりと典河の薄い唇が暗闇の中でそう告げる。
セイバーはややあってから、こう答えた。
「ええ。私もです」