③
流姉さんは俺の肯定に対しそう答えるだけで根掘り葉掘り聞いていくるようなことはない。
流姉さんのそういう聞くべきことと聞かない方がいいことを敏感に嗅ぎ分けるセンスには内心感謝していた。
俺にとって夢といえばアレのことだった。アレは説明しろと言われても出来るものではない。
発作を起こしたり体調を崩したりした時に決まって見る、魂が焦げ付くような恐ろしい夢。
流姉さん曰く、その夢を見ている時の俺は酷い魘され方をしているらしい。
流姉さんのことだ。内心決して穏やかではないだろう。それでも俺に気を遣わせまいとして憂慮をおくびにも出さない。
ありがたいが、それ以上に申し訳なかった。
親代わりのこの人に俺はたくさんのことをしてもらってばかりだ。これまでの人生で、どれだけのことをこの人に返せただろう。
「………うん、いつものみたいね。少なくとも今日1日は安静にしていなさい。きっとそれで良くなるでしょう」
「ありがとう………ごめんね」
「はいはい。てんちゃん、お腹減ってない?」
「少し………でも流姉さん、料理できないでしょ」
「ふふーん。そう言うと思ってレトルトのお粥を買ってきてあるのだ。
い、いくらなんでもお湯沸かしてレトルト温めるくらいは私にだって出来るからね!?」
そうですね。そのくらいは出来ないと現代人としてどうかと思います。
お粥のレトルトをこれみよがしに見せびらかす流姉さんに苦笑することで、陰鬱な気分がほんの少し晴れた。
まったく、この人には敵わない。
「それに気になってた漫画の全巻セットも持ってきたからてんちゃんちで半日過ごすのに何の支障もないんだな~。
じゃ、私これ温めてくるね!温められるからね!そこんとこ心配しちゃダメよてんちゃん!」
「………分かった分かった。お願い、流姉さん」
俺がそう言うとにっこりと笑って流姉さんは俺の部屋を出ていった。
流姉さんが出ていったのを確かめたあとで、俺は小さく溜め息を付いた。身体に籠もった熱のせいで息すら熱い。
ひとりになると、反芻されるのはいつもの夢。
あの夢は終わりのない地獄の底。命あることを罪とする俺の刑場。
―――それでも。このユメには不思議なことに、終わりがある。
俺にとって最も苦しいことは痛みではなく、その終わりだった。
どうしていつも、その終わりの果てに、この手には美しい一輪の花を握っているのだろう。
………階下から流姉さんの悲鳴が聞こえてくる。お湯を沸騰させるだけなのに悪戦苦闘しているらしい。
苦笑の形に頬が無理やり引き攣られる。十影典河。もうすぐ2年生になろうかという冬の事だった。