②
そうして、目が覚めた。
ゆっくりと瞼を開いていく。焦点が少しずつ定まっていく像の中には人の顔がひとつ映っていた。
誰かと思うまでもない。それは物心ついたときからずっと目にしてきた人の顔だ。
黒髪のショートヘア。昔、といってもこの人が大学生だった頃はまだ長い髪だった。どちらも似合っているからいいのだけれど。
「………流姉さん。今日は1日中診療じゃなかったの」
「ん、ちょっと同僚に頼んで午前中だけ代わってもらったわ。
急なことでも快く引き受けてもらえるのはお姉ちゃんの人徳の賜物なのです、ぶい」
少しおどけた調子で笑った流姉さんがVサインをする。つられて俺も少し笑ってしまった。
布団の中で鈍い頭を少しずつ回し、自分の状態を確かめる。
視界がぼんやりと滲み、悪寒が体を蝕んでいる。寒いのはそれだけではなく、びっしょりと寝汗をかいているからだろう。
午後の授業中に体調が悪化しだして、それでもその時はまだ歩いて帰ることが出来る範疇だった。
しかしそれで無理を押して自分の家まで辿り着いて、その後の記憶があまりない。
辛うじて覚えているのは流姉さんに気分が優れないという旨をメールで送ったことだけだ。
首を回すことすら辛かったが、どうにか少しだけ横に倒して壁掛けの時計を伺う。次の日の朝であることを針が示していた。
「昨日の夜に仕事終えてこっちに来たら、ベッドの上でうんうん唸っているんですもの。
どうせ今日もしばらくはへばってるだろうと思ったから早めに連絡して正解だったわね」
鞄を開いててきぱきと診療道具を取り出す内科医。そうか。ということは昨日の晩はうちに流姉さんは泊まったのか。
「………昨日の夜、何食べたの」
「冷蔵庫の中の残り物!
と言いたいところだったけどなぁんにも無かったから閉店時間ギリギリの『シーマニア』に飛び込んだわ」
「ごめん………」
「いいのよ。このへんにコンビニが無いのが悪いの」
そうじゃなくて。何も用意できていなかったことを謝ったのだけれど。
微妙に食い違う会話はいつものこと。流姉さんは特に躊躇ったり俺に了解を得ること無く俺のシャツをめくって胸へ聴診器を当てた。
その後体温計で体温を測ったり、俺の口を開けさせて喉奥の様子を確かめたり。内科医として当然の処置を行っていく。
「またいつもの夢?」
身体のあちこちを触診しながら流姉さんは聞いてきた。
「………うん」
「そっか」