家に帰ってきた私の目に最初に入ってきたのは、点滅する留守電のランプだった。
「………そうだよね。もう、いい加減に催促が来るか……」
電話番号を見ただけで誰からの物かわかるし、内容も予想できる。
凍巳紗灯鳥……彼女からのものだ。わざわざ掛けてくるということは、つまり……
再生ボタンを押すと、受話器から女性の声がした。
『もしもし。分かってると思うけど、期限は明日までですからね。残る席は少ないんですから。』
『君に限ってそういう事は無いでしょうけど───もしマスターの権利を放棄するというのなら、今日中に連絡して?』
『君には既に令呪の兆しが現れているのだから、早くサーヴァントを召喚して令呪を開いて下さい。もっとも、聖杯戦争に参加しないといのならば話は別です。教会はいつでも君を歓迎していますからね。』
『それではまた、クリノさん。』
留守電はそこで切れた。
戦うなら今日中に支度しろ。戦わないなら目障りだから早く降りろ。
監督役としては尤もだが、私にとっては神経を逆撫でするような言葉に変わりはない。
「……言われなくても。」
引き延ばしも今日が限界だ。
これまでは父さんの遺言と葛藤し続けてきた。……だが、もうそうもいかない。
戦う準備はできている。私は……この戦争に参加すると決めたのだから。
「何か縁のあるものが遺ってれば、良かったんだけどな。」
聖杯戦争に参加する魔術師は、この日に備えて召喚用の触媒を用意するものなのだが、私には”縁”を示す品物がなかった。
サーヴァントは呼び出せる。その気になれば今すぐに呼び出して契約もできる。
この街の霊地は栗野の管轄だから、良い条件も活性化の時間帯も知っている。
だが、触媒が無いのではコンパス無しで航海に出るようなものだ。一種の賭けだ。
しかし生憎触媒はおろか、戦争に関する文献など、形に残る記録は私の家には一切遺されていない。父から教わった事が全てだ。
「(…やっぱり、参加するなって事なのかな。)」
そんな予感が私の脳裏を迸るが、すぐに振り払う。
昨夜、地下室で発見したものは確かに凄いものだった。閉じると時間が内部で凍るカバン。18年前の火事を逃れた数少ないもので、昔から……「栗野」が「クリノス」だった時代から、貴重な花の保存に使われていたらしい。家宝やら何やらが沢山入っているので、これが実質的に栗野の至宝なんだろう。
不凋花アマラントスの球根をはじめ、黒蓮ロートス、シダの花、竹の花、月下美人、銀竜草、優曇華……
既に絶滅した花や存在しないとされている花まで含めた、伝説的な花ばかりだ。
これはこれで凄いが、しかしサーヴァント召喚の役に立つかと言えば……
「……まあ、いいか。」
「”不凋花は全てを咲く”。……何が出てきても、おかしくないもんね」
栗野随一の至宝、不凋花の球根を握りしめる。
こうなったら本番勝負だ。