…懐かしい人を見ている。
背が高くて、彫りの深い顔立ちで、私が知る限り冗談なんて一度も口にしなかった人が、今は私の目の前で、苦しそうに横たわっている。
“……百合。後の事は分かっているな”
弱々しくか細い声に、行儀良くはい、と答える。
巌のように頑なで厳しかったこの人は、私が物心ついた頃から病弱で、よく咳をしていた。
“お前なら、一人でもやっていける。花屋も、栗野の跡取りも……”
そうは言いながらも、彼の目は心配そうに私を見ていたのを覚えている。
家宝の球根の事とか、優曇華や金花茶の取り扱いとか、秘密の温室の管理とか。今まで教さえてくれなかったことを矢継ぎ早に話す姿を見て、子供心に気が付いていた。
──────たぶん。
この人は、今日には居なくなってしまうのだろうと。
戦争が起きたのだ。
国と国とが戦うわけではなく、人と人とが戦う戦争。それも、たった7人で。
戦っていた人々は、皆魔術師だった。よくわからない理由で、よくわからない方法で殺し合った。
そのうちの一人が、目の前の人だった。
でも、知っていることはそれぐらいだった。
その事について、あの人はそれまでほとんど何も語らなかった。
だけど、この人が病弱なのも、私に魔術を教え続けてきたのも、今まさに私の前で力尽きようとしているのも─────その戦争のせいだ、という事は知っていた。
“百合。聖杯はいずれ現れる。
アレを手に入れるのは、栗野の義務だ……
何より、魔術師として生きていくのなら……避けては、通れない道だ……”
「はい、父さん」
だから、私はこの人の遺志を継がなければならないのだ。そう聞かされてきた。そう信じてきた。
─────この時までは。
“……だが……”
“……お前の、義務ではない……”
その言葉で、私のそれまでの人生は変わってしまった。
「……父さん……?」
彼はひどく大きな咳をして、一層苦しそうに身をよじり、喉で言葉を詰まらせていた。
たぶん。今考えると、あの人はすごく大きな決断を下そうとしていたんだと思う。
それこそ今まで生きてきた意味や目的を、全部投げうってしまうぐらいの。