夕方の教室に二人の男女が椅子に座り相対していた。
竹内太桜は緊張した面持ちで目の前の黒瀬正峰を見ている。
一年間生徒として教えを受けた来たが相変わらず何を考えているのか、どう思っているのか分かりづらい。
それでもあの騒ぎのあった7月以降は大分分かるようになった方だが。
「……ふむ、ちゃんと全部終わっているな。竹内、よく頑張った。これで問題なく進級出来るぞ」
黒瀬は山のように積まれたノートやプリントを全て見終えると、丁寧にそれらを横に動かし僅かに笑みを見せた。
「よ、良かったぁ……」
大きな溜め息をついた太桜はそこでガタンと椅子から崩れ落ちた。
「竹内…! 大丈夫か?」
進級出来るかの瀬戸際から解放され、緊張の糸が切れたのか全身の力が抜けたようだ。
背中から倒れそうになった太桜を黒瀬は素早く右腕で支えた。
二人の顔が近づき、夕日で照らされる。
「……あ。す、すみません先生」
「無理はするな、ここの所忙しかっただろう」
背中を支えたまま、太桜を椅子へと座らせる黒瀬。
「大丈夫か?顔が赤いようだが?」
「だ、大丈夫です!」
狼狽する太桜に首を傾げて席へと戻る黒瀬。
「まぁ、大丈夫ならいいが。自分で帰れるか?なんだったら家まで送るぞ」
「送って!?いえ、本当に大丈夫です!大丈夫です!」
「そうか……そう言えば竹内の家は喫茶店だったが将来は家業を継ぐのか?」
「えっと、それは進路の話でしょうか?」
「ああ、わるい。そこまで深刻な話じゃないちょっとした雑談だ、3年も私が担任になるとは限らないからな」
黒瀬の言葉に太桜の顔が僅かにひきつる
それを察したのか、黒瀬は再び笑みを見せ、口調を砕けたものへと変える。
「将来的には家業を継ぎたいと思っていますが、進学が就職か迷っています……私の成績で進学や就職が出来るかも」
「まだ半年は猶予がある。ゆっくりと考えればいい。 竹内が進学や就職したいと言うなら私がなんとかするから安心してくれ」
深刻な太桜の表情を見て、諭すような優しく声をかけると場をなごませるために冗談めかしてははは、と黒瀬は笑った。
「しかし、喫茶店か。何度か伺った事があるが良い雰囲気のお店だった。 もし喫茶店をやるならああいう店の店主になりたいものだ」
!?
「竹内と結婚してあのお店のマスターになるだろう男は幸せものだな、俺も結婚するならそう言う相手がいい。……おっとセクハラになってしまうな!」
!?
「せ、先生!も、もう遅いので帰ります!」
「ん?ああ、もうこんな時間か。体調は大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!本当に!大丈夫!大丈夫だから!」
顔を赤くした足早に教室を飛び出した太桜に再び首を傾げた黒瀬は提出されたノートやプリントを片付け始めた。
おわり