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『おーい、正峰? 聞いてるかー?』
「……聞いている」
いかん、思わず自分の中で愚痴っていた。夏休みが近いせいか?
『でも、あったらしいじゃないかお前のいるとこ、土夏だっけ?』
「らしいな」
感情を乗せない相づち。
それを知って珍しく俺に電話を掛けてきたかと、一人納得する。
聖杯戦争の手がかり、情報が聞きたいと言うのが本題だったらしい。
『はぁ? らしいって……調べてないのか?』
電話口からの困惑する声。
思わず口元が緩む。調べていないし、知らないが、知っていてもただでは教えん。
「土地の管理者や教会に訝しまれたくないからな」
『へぇへぇご苦労なこって。しかし、宛が外れたかぁ』
「……正直言うとな、俺は怖いんだよ。ガキの頃から散々言われてきた。“血を怖れろ、死に近づくな。それを忘れた時、お前は人ではなくなる”って」
再従兄弟の冗談めかした言葉に苦笑いをして、思わず手が震えた。
先生との出会いの以前、記憶の奥底に刻まれた何かが強迫観念のように、亡霊のように俺の両肩に手を掛け囁き掛けてくる。
「俺は、非日常の何かに深く関わって黒瀬正峰という人間が“俺”でも“私”でもなくなるのが、何よりも怖いんだよ」
そこまで吐露してようやく落ち着いた。
再従兄弟は察して黙って聞いてくれたようだ。
『……そうか、悪かったな。忘れてくれ。 ああ、最後に良いことを教えてやるよ、誰でも出来る詐欺師に騙されない方法だ。話を聞かない、これに限る。 簡単だろ、はははははは!!!』
前半の神妙な口調とうって変わった大爆笑。
そうだ、暫く会っていないので忘れていた、再従兄弟はこういう奴だった。
「…………俺は時々本当にお前が分からなくなるよ。あぁ、分かった。俺の敗けだ、18年前の事なら分かる限り調べて後で送ってやる」
狐に摘ままれたような気持ちの後、思わずつられて笑みが溢れた。
そんな事を言われたら電話を取った時点で詐欺師の口車に乗ったようなものじゃないか。
なんだか馬鹿馬鹿しくなった俺はいっそのこと詐欺師の片棒を担いでやろうと思った。
『おっ、サンキュー』
「俺に出来るのは当時の地方紙の記事や伝聞を漁って状況の推察材料を作る程度だ、期待するなよ。 忘れるな、この貸しは高くつくぞ」
返事を待たずに電話を切る。
流石にまた電話の呼び出し音がなることはなかった。
ため息をついた俺は外の空気が吸いたくなってベランダに出る。
空を見上げるが、長野と違って土夏では星はあまり見えない。
赴任してもう5、6年になるか、土夏は今や第二の故郷と言ってもいい。……まぁ、盆くらいは夏期休暇を使って久し振りに実家へ帰るか。
折角だ、調べたネタを使って再従兄弟に何か奢らせよう。