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────2009年、7月初旬深夜。土夏市新土夏のマンション、黒瀬正峰宅。
『なぁ正峰、聖杯戦争って知ってr』
10年来の友人からの懐かしい声とその口から発せられた不愉快極まる言葉を耳にした瞬間、“俺”は電話の受話器を叩き付けるように本体へと押し付けていた。
数十秒後、電話機が鳴った。いっそのこと電話線を引き抜いてやろうかと思ったが、深呼吸をして落ち着くと受話器を取る。
「はい、黒瀬ですが…」
『酷いじゃないか正峰、いきなり電話を切るなんて!』
いきなりやかましい。
受話器から耳を離しておいて良かった。
「酷いのは貴様の頭だ、何を言うかと思えばよりによって聖杯戦争とはな。俺を殺したいならそう言え」
友人の言葉に吐き捨てるように言い放つ。
聖杯戦争がなにか位は魔術については殆ど素人の俺でも知っている。
教会主導の聖杯と呼ばれる魔術的遺物を巡る戦い。
戦争とは言っても競売やクイズ、徒競走でも聖杯を賞品にすれば聖杯戦争になる。
聖杯と名のつく遺物も聞くところによれば1000近くは存在しているなどと聞くと聖杯戦争の存在すら与太話ではないかと疑わしい。
だが、確かにそれは実在する。裏の世界に少しでも足を踏み入れた事があるならきっと誰もが耳にするだろう。
それを前パン屋だったところに出来た新しいラーメン屋知ってるか?とでも言わんばかりに言うとは、会話の内容にしては扱いが軽過ぎる。
『何を言ってるんだ!俺達は友達だろ!?』
電話口の声は言い方からして動揺しているのが分かる。
電話先の友人、生家である長野の実家の再従兄弟は本気で聖杯戦争を日常会話の一つとして話すつもりだったらしい。イカれているのか?
再従兄弟は廃業した黒瀬の家とは違い、今も退魔や魔術師相手に殺し合いをしている。非日常にどっぷりと浸かった奴との会話は時々相手が正気か判断に迷う。
「貴様と会話する度に俺は貴様と本当に友人なのか、貴様に洗脳されていないか悩んで過去を洗い直すんだがな」
『かわいそ……待て、待て切るなって!俺が悪かったよ!』
此方の皮肉に失笑しやがった。
電話を切ろうとしたのを察したのか、慌てて謝ってくる。
「それで、聖杯戦争がなんだ? 調べろと言うならクソッタレ、参加しろ ならくたばれと返してやるが」
再従兄弟とは、子供の頃からの付き合いだ。お互い良くも悪くも遠慮がない、どうしても昔を思い出して口が悪くなる。
『じゃあ俺はクソッタレか。 調べるくらい良いじゃないか。どうせ、そろそろ夏休みで暇だろ?』
「ちっ、生徒と違って教師に夏休みはない。“私”には研修だの、新学期に向けた準備が山程ある」
やはり、“俺”に聖杯戦争について調べさせるつもりでいたか。わざと聞こえるように舌打ちをした“私”が発したのは皮肉ではなく愚痴だった。
教師も夏休みが長いと思われている風潮はなんだ?そんな訳がないだろう。下手をすると生徒にまで先生も休みなんでしょう?なんて言われるんだぞ。
私も好きでやっている仕事だから文句は言わないが、たまに愚痴くらい言いたくなる。