②
円は鞄からクリアファイルを取り出して俺に手渡してきた。
昼休みが終わったあたりから咳が出だして保健室に直行したのでおそらくその間の2限分だろう。
特に柄もない透明なファイルなので円がルーズリーフに書いた板書きの内容が透けて見える。
こういうことがあると円は必ず俺の分まで授業内容をこのようにして残しておいてくれるのだが、俺が板書きを写すより何倍も分かりやすい内容なのがいつも不思議だ。
と。それを自分の鞄に仕舞おうとした俺の目の前へ円が差し出すものがあった。紙片である。
「………なにこれ?」
「短冊だ、七夕の。お前も食堂前に葉竹が据えられてあったのを見たろう。義務はないが可能であれば今日中に提出、いや笹に飾ったほうが良かろう」
そういえばそんなものもあったような見かけたような。
どこの山から切ってきたのか、笹のついた竹がずらりと並べられて緑の竹林を形成していたのを思い出した。
変なところで思い切りが良いというか全力投球するのがうちの学園の校風である。
「願い事か………。円はなんて書いたんだ?」
「無病息災」
「だろうね」
むっつりと唇を結んだいつもの顔で円は事も無げに言った。円は寺の子なのに、いやだからか、こういう願掛けにはあまり興味を示さない。
しかし応じないのも不義理なので………と、たいていは差し障りのない無難な答えを口にする傾向があった。
「そういうお前はなんと書くつもりだ。典河」
「俺………俺か………」
指に挟んだ何の変哲もない黄色い色紙へ視線を落とし、少しだけ思いに耽る。
俺の中に夜空へかかる天の川へ託すような切実な願いが、もしあるとしたら。
もしあるとしたら、それは。決まっている。
「………救われたんだから。救われた意味に足る自分になれますように」
「典河?何か言ったか?」
「いや、なんでもない。そうだな。こういう身体だし俺も円に倣って無病息災ってことにしておこうかな。
さてと、起きるか。もう放課後だ。いつまでも寝っ転がったままじゃいられないもんな」
俺はベッドから起き上がって上履きに足を通す。
円は何か言いたげにしていたが、結局その場でそれについて言及することはなかった。
鞄を引っ掴んで保健室を後にする。途中、かさりと何かが音を立てたので音の出どころを探したら胸ポケットだった。
「………ああ、そういえば」
先日、栗野先輩から貰った魔除けだとかいう栞が入っている。今もどうにか脈を打っている、俺の心臓の真上に。