①
放課後を知らせるチャイムが鳴って5分と経ってはいなかった。
「―――失礼します」
几帳面なノックの後、クリーム色をした保健室の扉が静かにスライドした。
男子学生がひとり、淀みのない動きで入室してくる。ドアを閉める所作まで全て杓子定規で測ったような丁寧さだった。
室内を見回して状況を確認すると最後に俺へ向けて視線を投げかけてきた。
「養護教諭は留守、と。………ああ、典河。身体の方は大事ないか」
「もう大丈夫だよ。ありがとう円」
喋り方まで角ばっているというか、真面目さが滲み出ているというか。
それがもう2年ほどの付き合いになる円という男の味なので今更どうとも思わないが。
靴底のゴムを微かに鳴らしながら円は俺が上半身を起こした状態で横たわっているベッドの側までやってきた。
「すまなんだ。私としたことがお前の体調の変化を見落とした。気付いてればもう少し早く声をかけられたのだが」
「いいよ。こういうこともある。こっちこそ迷惑かけて悪かったね、本当に」
「お前に謝られては立つ瀬が無いな。まあ、なにはともあれ大事ないならば善き哉」
しなやかな視線で俺を見つめて頷く円はクラスの保健委員という立場であり、全員が集まる委員会でもその的確な発言と柔らかな物腰により次期会長は間違いないと言われている男だ。
生徒会、風紀委員会、保健委員会、部活連、更には体育祭や文化祭の実行委員会が複雑に利権を絡ませ合う火蜥蜴学園の権力闘争に円が巻き込まれていくのだと思うとなかなか複雑な思いがある。
―――フルネームを姫島円。
お山にある松原寺の代理住職の息子で、中学もあと半年で終わりという頃にこちらへ引っ越してきて以来の俺の友人である。
文武両道を地で行く模範生とというやつで教師陣からの覚えは非常によろしい。
これで容姿も麗しく性格もやや堅物なのを除けば至って穏やかなのだから天は二物を与えずという言葉は嘘っぱちなのだろう。
「あまり調子が悪いようならば山の方へ連絡して住み込みの者に車を回してもらおうとも考えたが」
「大丈夫だってば。もうひとりで歩いて帰られる。それにそこまでしてもらっちゃ悪い。気持ちだけ貰っておくよ」
「そうか。………では渡すべきものをここで渡しておこう。
配られたプリント類。それとこれはお前が欠席した授業の板書きだ。私の分は自前で書き留めてあるので気にするな」
「そっか。いつも悪いな」