②
「………ところで十影くん。もう離してもらっても大丈夫なんだけど?」
「え………あ!す、すみません先輩!」
結構な勢いで倒れかかってきたもので、まるで抱き締めるように抱えていたことに今更ながら気づいた。
そのせいで腕に何か柔らかい感触が…慌てて飛び退く離した。メーデーメーデー。心臓が弾けるように血を送り出して、頬が紅潮していくのを自覚する。
俺はそっと先輩の表情を伺って………そして、悪寒に背筋を貫かれるのだった。
「ふーん………そうなんだ。偶然で私の身体に触れられて役得だったのかなぁ?お気持ちは如何かな?トカゲくん」
「とえいです!違、そういうんじゃ」
天使のように微笑む先輩の表情に映るのは悪魔の悪戯心。一旦は離れた距離を至近まで近寄ってきて、腕を絡めるようにして手を握ってきた。
メーデーメーデー。先程よりも強く先輩の香りを感じ、耳まで熱くなっていく。あ、俺の左の二の腕に何か柔らかい何かというか何かが。
「ナニシテルンデス」
「え~?だって一応これはデートっていう名目だし~?せっかくだからちょっとは十影くんが喜びそうなことをしておこうかなってさ~」
「い、いいですからそういうのは………!………え」
そう先輩に必死で言ったのだが、俺の意識はそこで逆方向に割り振られることになった。
右手が誰かの手に握られる。先輩ではない。先輩は左にいる。なら右にいるのは決まっている。
ぎ、ぎ、ぎ。油の足りていない機械のようにぎこちなく右に視線を向けると、先輩と同じようにして俺と手をつないでいるセイバーの姿があった。
メーデーメーデー。俺の右の二の腕に謎の柔らかい謎のなんというか謎。ほんのりと頬を赤らめたセイバーがじっとこっちを青色の潤んだ瞳で見上げている。
「………セイバー?」
「なんだろうテンカ。私は百合がそう言うから先達に従って行動しているだけだ。特に問題はない。
私は現代の様式には無学だか、学ぶ姿勢は謙虚であろうと努めている。これはその一貫だ。だから問題はない」
「あるって!」
「問題はない!」
きっと俺を睨みながらセイバーは強い口調で否定する。にやにやと微笑む百合先輩がその様子を見つめていた。
「いいのよセイバーちゃん。勉強熱心なのはいいことだけれども、ここまで真似なくても」
「いいえ。主の喜びは私の喜びだ。これでテンカが喜ぶなら『せっかくだし』私もそうしましょう」
「ふふふ」
「ふふふ」
どことなく不気味な笑いを俺の腕を抱きかかえるふたりが発する。俺にどうしろというのです。
………結局、アクアパーク土夏を出るまで俺は刑事に抱えられる容疑者のような格好で館内を連れ回されることになった。
その間、来館者の視線が痛かったことはわざわざ述べるまでもない。厳しい、試練の時であった。どして…。