①
セイバーがふと足を止めた。廊下の中途、掃除用具の納められたロッカーのあたりだ。
俺の胸あたりの高さのロッカーなのだが、セイバーが気に留めたのはその上にあるものだった。
「マスター。これはなんですか?」
しげしげとパッケージを見つめている。何か琴線に触れるようなことがあったのだろうか。
特に隠すようなものでもない。ゆっくりとセイバーに後ろから追いつきそれを手にとった。
「キャットフードだよ。要するに猫の餌。
あんまり人間が食べるものと同じものをあげると猫にとっては栄養が偏っちゃうからね」
特別なことはなにもない、普通に市販されているキャットフードだ。グレインフリーがどうのこうので若干お高いくらいか。
なるべく良いものを買ったからそこは仕方がない。シンプルなパッケージのデザインが如何にもな高級感を出していた。
それを聞いたセイバーが小首をかしげた。
「猫、ですか。そういった動物の気配はこの屋敷の中からは感じなかったのですが………」
「ちょっと前まではね。最近になって事情が変わったというか………そろそろ来る頃だと思うんだけど」
その時だった。なーお、と鳴き声がしたのは。
いつの間にか庭に面したガラス戸から黒くて小さな生き物がこちらを覗き込んでいる。
ビー玉のように丸くて青い目がくりくりと動いて俺たちの様子をうかがっていた。
「はいはい。ご飯の時間だね。分かった分かった」
ガラス戸を開けてやると我が物顔でその黒猫は洋館の中に入ってくる。
廊下をのっしのっしと歩き、俺たちの前で優雅に座った。さっさと飯を寄越せと言わんばかりの態度だ。
ロッカーの上から皿を取り出し、カップできっちり分量を計ってキャットフードをよそってやった。
すると黒猫は「まぁ食べてやらないこともないわ」とでも言うようにふんと鼻を鳴らしてから齧り始めた。
「なるほど。この猫のためのものなのですね。しかし、飼い猫という風でもありませんが………?」
「うん。セイバーと出会うよりちょっと前かな。傷だらけでうちの敷地にいてさ。
放っておけないから治療をしたら居着くようになったんだ。普段はこの庭のどこかにいるよ」
俺は話題に上がった庭をガラス戸越しに眺めた。丁寧に整備しているのでちょっとした洋風庭園となっていた。
トキワマンサクの生け垣で仕切られた庭内は薔薇が綺麗に咲いていた。四季咲きの薔薇は手間がかかるがそのぶんいつでも花をつけてくれる。
「なるほど。小さき命であろうと大切にする心がけには感心します。
きっとこの猫も恩人であるあなたを快く思ったからここを住処としているのでしょう」
出会った時からずっと凛とした、悪く言えば硬い表情を浮かべてばかりのセイバーがそう言って微かに微笑んだ。