───────2009年土夏市、旧土夏。5月深夜。
街灯すら疎らな裏通りをウィンドブレーカーを着てフードを被った一人の男が走っていた。
時折酔っぱらいや所謂不良達が男とすれ違うもこんな深夜に走る男をいぶかしむことさえない、まるで男の存在に気づいていないかのようだ。
(あぁそうともそれで良い。今の私、俺はあってないようなものだ)
男、火蜥蜴学園現国教師黒瀬正峰は時たまこうして夜の闇の中を走る癖があった。ストレス解消と言う訳ではない。
ただ時々自分が何者なのか、そう言う悩みを感じた時にはこうして夜の街を走るのだ。今回の原因は本家に旧土夏の怨霊祓いを頼まれた事だった。
(私は退魔でも祓い屋でも魔術師でもないと言うのに……)
苛立ちと鬱憤めいた思いを胸に無心で走る。こう言うときに思い出すのは恩師である先生の言葉だ。
ねぇ黒瀬くん、これから先、生きてれば自分が本当に正しいのか悩んだり或いは自分を見失ってしまうこともあるでしょう。
……貴方の在り方はきっと人に影響されやすいから。
そう言う時は走りなさい。なにも考えられなくなるまで走りなさい。
そして何か考えられるようになった時に最初に思った事。それが嘘偽りのない貴方の本心って奴よ。
「はぁ…はぁ……」
かれこれ数時間数十キロは走って息切れした正峰は街灯の元で息を整える。
(そうだ……そろそろ中間テストだ。 今から問題をつくっておかないと。 今度は例文を見てどう思ったか、個人の思いを述べなさい。なんて問題の配点は5点位にしないと主任や校長にまたお小言言われるな……)
そこでふっ、と苦笑した。
良かった自分は教師だ、少なくとも自分はそう思っている。
そこでポケットから取り出した護符を見る。
(ならこんな野暮用はさっさと済ましてしまおう)
息を整え終えた正峰は目的地に向けて今度は憂いなく足を動かしはじめた。
第五次土夏市聖杯戦争の開始する2ヵ月か前の事だった。