②
「先輩は………暮らすとなるとまず自分のテリトリーを作るタイプなんですね………」
「そうだね。むしろ魔術師なんてみんなそんなものだよ。自分のとっての世界を造っている、みたいな感じかな」
「世界?」
「そう。私からすると、この部屋のここからあそこまでが私の簡易的な工房。ここからここまでが私の居住スペース。
きっぱり分けているけれどどちらが欠けてもダメ。東洋的には陰陽合一の理念に近いかな。全部が相まって私にとって有利な世界を形成しているの」
指差されるままに視線を動かす。言われてみれば、客間はまるで真っ二つに分けられたように雰囲気を二分していた。
鉢植えのある一方は鉢植えの他にも怪しげな術具や木枠に並べられたドライフラワー。整理整頓された書籍など、いかにも魔術師らしい空間になっていた。
反対側、ベッドのある方は………さて、なんと言うべきか。意外とと言うべきか。思った通りと言うべきか。
色使いや小物など、多くが丸みを帯びたファンシーという概念に満ちている。女の子しているというか。とにかく可愛らしい感じだ。
俺にとって最も身近な女性である流姉さんがあの惨状なので、こういうのは未知の雰囲気だった。男としてやや居心地悪さも覚える。
「だから、私はここでは外にいるときよりも魔術師としていくらか強い力を発揮できる。
レッスン1。自分にとってなるべく有利な状況を整えるというのは魔術師としての考え方として重要なのです。覚えておいて。
十影くんで言うと………あの温室がそれじゃないかな?あそこにいて居心地いいと感じるんじゃない?」
「まぁ、あそこにいると確かに落ち着きは覚えますね。………ん?なんだこれ」
ふたつめのダンボール箱を開けると、中には布製の何かが詰まっていた。無造作に取り出す。
その形状を見て、俺は首を傾げてしまった。
「………サメ?」
「………ッ!サメリアッ!!」
瞬間、セイバーが踏み込んで放つ神速の袈裟斬りもかくやという速度で俺の手元からそれは奪い取られた。
がるるる。手負いの獣のように威嚇する先輩がひっしと抱きしめているのは、明らかにサメらしい形状のぬいぐるみである。抱き枕サイズ。
雌熊となって俺への敵意を見せていた先輩だったが、ふとしたタイミングで我に返ったのか。慌てて取り繕い出した。
「な………なんでもないよ?そう、部屋のインテリアだから。このぬいぐるみも。ほら可愛いでしょサメ。サメって可愛いよね。
だけどいい?君は何も聞かなかったし見なかった。サメリ………サメのぬいぐるみを私に渡しただけ。そうだよね?」
「………ハイ、ソウデスネ」
………と。俺は平坦な声音で答える他なかった。
先輩は俺にそう言い含めている間にも、強火にかけた薬缶みたく湯気を吹き出しそうな勢いで顔を真っ赤に染めていたからだ。
先輩とそのぬいぐるみの間に如何な真実があるのか―――問えば殺されそうだったので面白がって問いかけるチョイスは俺にはなかった。
追伸。照れる先輩はびっくりするほど可愛かったと付け加えておく