──王国歴998年、ザランティル月。
新春である。
”塔の街”シャーンは年間を通して高温多雨の土地に位置する。
一方、タヴィックス・ランディング下層のターミナス地区。
シャーンの玄関口たるターミナス・ステーションに、唸りを上げてライトニング・レイルが到着していた。
捕縛されたエア・エレメンタルの発する雷光によって漂う、独特のオゾン臭。
列車の扉が圧縮空気の吐き出される音とともに、ずらりと開いていく。
シャーンを訪れる者の多くはライトニング・レイルを使う。
今日も大勢の乗客がシャーンに降り立つ。
その中に、ドワーフに似つかわしく気難しい表情をしたひとりの人物がいた。
スィーアル・ド=クンダラク。
否…いまはただの”スィーアル”。
ドラゴンマーク十二氏族のひとつ、クンダラク氏族のマークを有する
遠い過去には、実際に紋章の浮かんだ皮膚を剥がしていたというが、現代ではその呼び名だけが残っている。
本当に皮を剥がれることはなかったものの、スィーアルの追放は事実である。
ドラゴンマークという、コーヴェア大陸における特権階級の証を持ちながら、氏族から追放された男。
そのスィーアルが、遠くムロール・ホールドからブレランドのシャーンにやってきたのには理由がある。
ある条件と引き換えに氏族への復帰をクンダラク上層部に持ちかけられ、それを飲んだからだ。
その条件とは、クンダラク氏族の一部幹部によって研究され、事故に乗じて外部に持ち去られたシンビアント(共生体)装備を回収し、破壊すること。
シンビアントとは、狂気界ゾリアットの主・デルキールと呼ばれるクリーチャーによって作られた、一般的な良識に照らし合わせればまさしく狂気の産物としか言いようのない、半生体のマジックアイテムである。
密かに忍び寄るデルキールの甘言に惑わされ、氏族の一部は禁じられていたシンビアントを研究し、制御下に置こうとしていた。
スィーアルは氏族のウィザードであり、真相を知らぬままその研究員として働いていたのだ。
その結果は、原因不明の暴走事故により関係者の大半が死亡。研究成果は失われ、外部に流出し、スィーアルを含めた生き残りの当事者は追放者、すなわち”皮剥がれ”とされたのである。
この事故は氏族によって念入りに隠蔽されたが、失われたシンビアントが表に出れば、それも突き崩される。
クンダラク上層部は、スィーアルに名誉回復のチャンスを与えた。すなわち、氏族の汚点であるシンビアントの回収と破壊である。
スィーアルにそれを断る選択肢はなかった。
クンダラクの情報網は、”塔の街”シャーンでシンビアントを装着した人物が暴走し、事件を起こしている事実を突き止めていた。
シャーン。コーヴェア最大の都市。
目のくらむほど高い塔の間を縫って吹き込む強い風が、スィーアルの足元に新聞”シャーン・インクィジティヴ”紙を運んできた。
スィーアルは、その見出しに目を止める。
「ハイ・ウォールズの難民が自爆テロか」
「ヴァルト月(年末)の悲劇、流血の惨事」
「体に癒着した奇妙な鎧状のものをまとった女が、通行人を無差別に8人殺害したのち、連絡橋から飛び降りて死亡」
ハイ・ウォールズ地区。
かつてサイアリと呼ばれた国の民たちが身を寄せ合う難民キャンプがある場所だ。
手がかりを求め、スィーアルはハイ・ウォールズへと向かうことにした……。