雑貨屋は当然のように聖剣で素振りをしているが、まだ勇者となった訳ではない。では、なぜ、国宝ともいえる聖剣を勇者候補に過ぎない雑貨屋が鍛練にとはいえ用いることを許されているかというのか。それは、勇者候補となった時点で既に聖剣を持ち運ぶ権限を与えられているからだ。
ならばそうなると、勇者候補間で取り合いが起こりようものだが、そうはならない。
聖剣には、勇者と認めた者以外が手に持つと、重力操作の魔法がオートで発動し重量が増加する機能がある。その重量は、急に上から大岩を手の上に落とされたと錯覚するほどである。最悪、地面と聖剣に指を挟まれて潰されることもありえる。
三百人いる勇者候補の中でも、この状態の聖剣を持ち上げることができる者は十人にも満たない。そのうち、マトモに剣として扱うことができる者は一人。そして、その選ばれた一人こそが雑貨屋である。
だが、雑貨屋は勇者候補の中でも腕力がある方ではあるが、大岩を持ち上げるほどの剛腕を持ち合わせてはいない。
そんな彼が聖剣を持ち上げることができることにも、ちゃんとしたカラクリがある。
剣身の内側に至るまで魔導刻印が刻まれ魔力を内包することで永続的に魔法の力が宿った剣を魔導剣という。
聖剣もまた、この魔道剣という種別に属す。聖剣は超常的な力をこそ宿すが、魔導剣というカテゴリーにおいては他の魔導剣と違うところはない。
そして、魔に属す剣の理を扱う術を魔法剣という。代表的な魔法剣というと、剣に魔法を付与し剣を通じてその魔法を自在に操る術などがある。
雑貨屋はこの魔法剣の才能に恵まれていたのだ。
魔法剣の扱いに長けた者は、剣に込められた魔法を操るという性質上、この魔導剣の扱いにおいても長けていた。
ゆえに雑貨屋はこの聖剣という強力な魔導剣を己の魔法剣の才能をもって、辛うじて制御しえたのである。
雑貨屋は、初め、浮遊魔法を聖剣に付与することで重量を軽減した上で、更に聖剣が魔導剣だということを活かして聖剣を僅かながら操作し聖剣の重量増加の権能の作用を弱めることで、やっと、聖剣を両手で持ってぶら下げることに成功した。
それ以降、雑貨屋は聖剣を使いこなすべく、筋力増強と魔法剣の上達を並行して目指し、死に物狂いで鍛練した。いずれは自分こそが勇者となる者だと信じて。
そして、最近になってようやく、聖剣を使っての剣術が様になってきたところである。