エンタメ小説研究交流会

伝統中国民俗図譜『中国妖怪・鬼神図譜』『中国生業図譜』『中国生活図譜』『中国社会・遊戯図譜』(「清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む」シリーズ)の紹介

0 コメント
views
0 フォロー

●シリーズ全体の総評

 各巻の内容は、出版社のサイトへのリンクをご参照のこと。各巻ごとの書評は、後掲のリンク下部に記載。

【良い点】

 ・清末の上海で発行された絵入雑誌『点石斎画報』を基にした、伝統中国の民俗図譜。中華モノの創作者なら、他の時代が舞台・モチーフだからといって、シリーズ名にある「清末」の二字に引きずられて本書を手に取らないのはもったいない。図書館や本屋で軽く目を通すだけでもしてほしい。確かに、シリーズ名通り清末が主体ではある。しかし、他の時代への言及、他の時代の図画、出土品の写真などの図版も多い。

 ・百科事典的なページレイアウトなので、1ページ目の1行目から精読する必要ない。必要な項目だけ拾い読みすることもできる。全4巻そろえれば、前近代中国の後宮や戦場でない、『「平時』の庶民の暮らし」に具体的なイメージが持てる貴重な一シリーズ。『中国社会・遊戯図譜』のあとがきによれば、日本の学界では、伝統中国の皇帝や士大夫といった「上流階級」については盛んに研究されているが、一般庶民の暮らしにはそれほど研究が進んでいないようだ。
 
 ・『点石斎画報』は「大衆誌」だったので、庶民受けする怪奇談、ゴシップ、スキャンダルも多い。各項目の概略が先にあり、のちにその項目に関連する『点石斎画報』の意訳が載っている。
 
 ・「これは漢語で何と書くのか?」が分かりやすい。他の本だと、現代日本語での名前は分かっても、漢語での名前が分かりにくいことがある。絵で見せられる漫画やアニメならそれほど必要性はないかもしれないが、文字だけで表現する必要のある小説だと特に重要。漢語の名前が分かれば、「漢語で書いて、現代日本語のルビを振る」ができる。
 
 ・各巻まえがきによると、「一般に知られているものは簡単に、知られていないものを詳しくを、方針とする」なので、他の本とかぶる可能性が低いと思われる。

 ・参考文献の紹介があるのも親切。さらに調べる場合の取っ掛かりになりやすい。

【残念な点】

 ・1冊4000円前後と高価な本。それも4冊もある。1冊欠いても分からなくなるので、4冊すべてそろえざるを得ない。それだけの価値はあるが、購入は現物を見た上でを勧める。
 
 ・この値段で、カラー図版がない。一応、カバー見返しにカラー図版がある場合もある。しかし、全巻通じてカラー図版は4点しかなく、少な過ぎる。カラー絵・写真はカラーのまま引用してほしかった。画面が暗くてよく分からないものもある。欲を言えば、白黒図版の一部をカラー化してほしかった。
 
 ・大型本な上、分厚くて保管場所を取り、扱いにくい。ただ、そのぶん図版が大きくて見やすいのが良い。
 
 ・著者相田洋氏が高齢(1941年生まれ)であり、最終巻『中国社会・遊戯図譜』のあとがきには、「このシリーズはこの辺りで一応終了としたい」とあることがら、相田氏による続編が期待できない。本シリーズを基とした、他の研究者の著書を期待したい。

『中国妖怪・鬼神図譜』

中国妖怪・鬼神図譜 ── 清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む庶民の信仰と俗習
空前絶後の中国オカルト図鑑。天界の神々から妖怪、呪術、仙人まで、激動の世紀末中国を騒がせた神秘事件を通し、四千年の歴史が生んだ百鬼諸神の実像を細密なイラストで活写した宗教民俗大全!
集広舎

 ・ひと言でいえば、中国の神・仙人・妖怪・方術の「オカルト巻」。
 
 ・日本でいえば「○○神社で××のお祭りがありました」といった感じの祭礼の記事が多い。
 
 ・現在でいえば「霊感商法的詐欺事件」の記事も多い。

 ・「方術」(中国の呪術)のやり方や効果も書いてある。RPGでいえば、中華風魔法使い・僧侶のたぐいを出すのなら、重要。

 ・中国民間信仰の宗教関係者の職業名、専門用語も現代日本語だけでなく、「漢語」でも説明されている。

 ・現代のオカルト関係の中国・香港映画の写真、神木、お寺参り、祭礼の写真も引用されている。ただ、元がカラー写真なら、カラーのまま引用してほしかった。白黒であっても、色はもう少し薄くしてほしかった。画面が暗くて、何が写っているのかが分かりにくい。
 
 ・この『中国妖怪・鬼神図譜』だけが、なぜか「楽天ブックス」で注文できない(2024年8月18日21時6分現在)。他の巻は注文できた。仕方がないので、実店舗で購入したが、平積みにされていた。出版社のX(Twitter)に「楽天ブックスで買えない」とコメントしたら、「十分な量が流通している。他のオンライン書店では購入可能」な旨、返信があった。

『中国生業図譜』

中国生業図譜
書名:中国生業図譜 副題:清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む庶民の“なりわい” 著者:相田 洋 発行:集広舎 判型:B5
集広舎

 ・この巻は「伝統中国庶民職業図鑑」。詳しくはリンク先で、本書の目次をご覧いただきたい。衣食住関係をはじめとして「正業」から、「裏社会」まで伝統中国の庶民の生業が詳細にある。
 
 ・先にその職業の、歴史、制度などの概略があり、後で関連する『点石斎画報』の記事(ゴシップ、スキャンダル)の意訳がある構成。
 
 ・職業名、各職業の用語が、現代日本語だけでなく、「漢語」でも書かれている。特に「盗賊」の項では、現代日本語と漢語との「盗」と「賊」の定義の違いが詳述されていた。
 
 ・裏社会にも一章割いている。悪役やアウトローの参考になる。

 ・4章「交通・運輸」の「ケン夫(舟曳き)」では、舟がエンジンのない時代に河や運河をさかのぼる方法について、『新唐書』『旧唐書』、唐代の詩を引用しつつ、解説してあった。中国では内陸運河が重要な交通手段なので、これは押さえておく必要がある。もちろん、清末のケン夫も『点石斎画報』の意訳記事がある。
 
 ・「馬車夫」では、傘を差しただけの中国式馬車、幌がある西洋式馬車といった「オープンカー型馬車」には詳しかった。だが、四方に壁がある中国式馬車(外観だけでなく、内装も)を取り上げてほしかった。一応、「ヒョウ師(用心棒)」の項には、四方に壁がある中国式馬車の図版があったが。
 
 ・「旅店(宿屋)」は、本シリーズが「庶民」を主な対象にしていることもあり、「乞食宿」「木賃宿」といった下層の宿屋には詳しい。一方、日本なら参勤交代の大名が泊まる「本陣」に相当するような、高級官僚が公務出張で泊まる上層の宿屋には大した記述がない。掲載の図版も、宿屋の全体像が分かるものはなく、宿の門構えと、「乞食宿」「木賃宿」の寝室のものがあった程度。

『中国生活図譜』

中国生活図譜
書名:中国生活図譜 副題:清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む庶民の“くらし” 著者:相田 洋 発行:集広舎 発売日:20
集広舎

 ・『中国生活図譜』では、衣食(主に食材。レストランの類は『中国生業図譜』)住と、相続・婚姻・離婚の家族関係の制度(婚姻・葬儀の儀式は『中国社会・遊戯図譜』に詳しい)が取り上げられている。
 
 ・本シリーズは「庶民」に焦点が当たっている。なので、「衣」は普段着、「住」も庶民の住まいが主。現代日本語だけでなく、漢語(漢字)での衣、建物、家具の名前が書かれている。名前が分からぬと調べようがない。また、創作上「漢語の名前が分かる」というのは非常な強み。
 
 ・シリーズ名が「清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む」なので、清代の服装しか取り上げていないと思いきや、明代以前の漢服(漢族の伝統衣装)にも基礎的なことが一通り取り上げられている。ページ数では中国服飾史本のほうが上。だが、ジャケット、ベスト、シャツ、ズボン、スカートに当たる衣の種類、衿の種類と、その漢語の名前が分かりやすい。さらに、帽子、靴、清代男女の髪型、女性の下着、衣の素材(意外と中国服飾史本では衣の素材は記述が薄い)も書いてある。
 
 ・宮殿や寺院でない、一般の民家・商店が主体。寝室(室内のしつらえをこまごま書いてある)、台所、トイレ、家具にページを割いて、事細かに書いてある。中国伝統建築本だと、外観は詳しくとも、内装、特に家具の配置など、「室内のしつらえ」は薄いことが多い。なお、風呂は『中国生業図譜』に「澡堂(銭湯)」として取り上げられている。
 

『中国社会・遊戯図譜』 

中国社会・遊戯図譜
書名:中国社会・遊戯図譜 副題:清末の絵入雑誌『点石斎画報』で読む 庶民の「せけん」と{あそび」 著者:相田 洋 発行:
集広舎

  ・この巻の内容は、上記リンク先を見ていただいたほうが確実。誕生、子供時代、婚姻、長寿の祝い、葬礼と人生の節目の儀式、役人・役所関係、娯楽。繰り返しているが、この儀式、役職、遊びは、現代日本語でなく、「漢語で何ていうのか?」がない。例えば、「遊び」の章では「ボートレース」が「競渡(きょとう)」と分かる。

 ・繰り返しなるが、伝統中国の家族制度は『中国生活図譜』のほうに書いてある。なので、『中国社会・遊戯図譜』では儀式を中心に書かれている。花嫁行列、庶民の小さな子供たちの服装や髪形、葬儀や墓の模様を、図版を多数引用して詳述されている。

 ・役所関係は、清朝全体の統治機構を解説するというより、庶民に直接接する地方長官や下級役人の姿が中心。日本の時代劇『大岡越前』『遠山の金さん』で舞台になった、江戸町奉行所の中国版といった感じ。他の巻で、霊感商法的詐欺事件、窃盗・強盗事件が取り上げられている。これと対をなす感じ。清末に、事件がどのように捜査・裁判されるのかが、牢獄や処刑の様子も含めて、挿絵付きなので視覚的にも具体的にイメージできる。

 ・「遊び」の章では、子供の遊びから、大人の遊びに至るまで、挿絵入りで詳しく解説されている。これも繰り返しているが、このシリーズは「庶民」が主たる対象。なので、詩作や盆栽といった士大夫の高尚な趣味はあまり出てこない(ペットの飼育、草合わせ、花の鑑賞、お寺参りぐらい)。大人の遊びの多くは博打。伝統中国で、何が賭けの対象になっているのかがよく分かる。

ドラコン
作成: 2024/08/17 (土) 20:03:01
最終更新: 2024/08/21 (水) 09:59:44
通報 ...