みつりソウル
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「人魂の噂、聞いたことあるかしら?」
昼の休み時間、僕の後ろの席に座る弐栞は、唐突にそう話しかけてきた。
おもむろに振り返りつつそれに応える。
「人魂?何のことだ?」
「やっぱり知らないのね。日向瀬君、そんなことじゃ、すぐに時勢に取り残されるわよ」
余計なお世話だ。
そう思いつつ強引に話を戻す。
「――――学校の七不思議みたいなもんか?僕はそんな話、入学してからこっち、聞いたことないけど」
「そうね。無人の教室で鳴るピアノとか、動く骨格標本とか、そういう類の話、この高校にはまるで無いわよね」
「だよなぁ」
例がベタすぎて、いまいちぞっとしない。
「で、その人魂とやらは別なのか?」
「別――――というか、その怪談のせいで他の怪談が生まれない、という感じかしら」
弐栞も確信を持って話している訳ではないらしく、要領を得ない返答だった。
「えっと――――」
話を整理すると、肝試しをしようと深夜に学校を訪れた生徒――――どこの学校にも少なからずいる人種のようだ――――が、いざ夜の校舎へ乗り込まんと(不法侵入)すると、必ず現れるそうだ。
目の前に、ぼんやりと光る人魂が。
大抵の人間はそこで怖気付き、校舎へ近づかない。それ故に、この学校に七不思議のようなものが存在しない。ということらしい。
人魂。古くから言い伝えられている怪異で、その名の通り、人の魂が体を抜け出したものらしい。人の魂でなく霊だが、鬼火、狐火なども似たものとして挙げられるだろう。
「ね?日向瀬君が気に入りそうな話と思って」
先日、とある事件をきっかけに知り合うことになった黒髪の少女は、そう言って微笑んだ。
確かに、僕としては気にせざるを得ない話だ。
「良かった。それにゃっ」
?
弐栞は下唇を嚙んで悔しげにこちらを睨んでいた。
嚙んだらしい。
「嚙んでなんかいないわよ」
何もなかったかのように、すまし顔でそう言われた・・・。
ここで「失礼。嚙みました」とか言っていたら可愛げがあるのに、なんて思った。
どこか抜けている奴なのだ。例えるなら、3ピースをぴっちり着込んでいるのに、足元がスニーカー、みたいな。彼女のその気質は、随分小さい時かららしいということは既に聞き及んでいる。
三つ子の魂百まで、という奴だ。
この魂は浮遊していないだろうが。
ともかく僕としては、この怪異現象を検証しない訳にはいかない。
そう伝えると弐栞は、
「ふふっ。そう言うと思った。楽しみにしてるわ」
「?」
そう言って、さっきと比べて意味ありげな笑みを浮かべた。
教室の窓から吹き込む潮の匂いのする風が、彼女の前髪を微かに揺らした。
その光景と微笑みがやけにマッチしていてなんだか、僕の心臓を直接撫でられたような心地になった。
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次章は後日。